33話
本当にこんな儀式があるのだろうか、とユリアーネは疑惑の目を向ける。嘘をついたお返しに、騙そうとしてる?
ナイフを持ったユリアーネの右手に、アニーも右手を重ねる。
「切りながらみんなで悲鳴を上げる、までがセットなんです。そうして切り分けてみんなで食べる。そのカットは、新オーナーであるユリアーネさんにお願いしたいです。が、自分も一緒に」
と、言い切る前に首からカットして、ユリアーネが「ひっ」と小さく声を上げた。が、もちろんお菓子。ただ切り分けただけ。その後はスイスイと一緒に切っていく。
切り終わると、罪悪感が抜けたのか、悲鳴を上げたユリアーネも安堵の息を吐いた。
「なるほど。たしかにこのお店の、新しい誕生日、と言えなくもないですね」
勧められて、そのまま手掴みで食べる。カリッとした表面と、ふんわりモチモチの内側。そして、焼く前に表面に塗ったグレーズがカラメル状になり、香ばしく焼きあがっている。初めて食べたが、これもユリアーネには当たりだった。
「美味しい。最初、甘すぎるかと思いましたけど、噛むほどにちょうどいい甘さになってきます」
「よかったっス。喜んでもらえたら、それだけでいいんです」
再度アニーから笑顔を向けられ、噛みながらユリアーネは頭の中で色々整理した。迷っている部分はあったが、もうこれに決めた。この先、この決断が間違っていたと判明するようななにかが起きても、この瞬間の自分は、これが正しいと選択した。
アニーもしっかりと食し、残りは従業員全員で分けて食べる。最初の共同作業はケーエマン入刀。この先を見据えて、店長として、この店の理念を伝える。
「……北欧って、毎年毎年、幸福度ランキングで上位を独占するんです。それで色々、交流したり調べたりしているうちに、ボクの目指すのはこういうお店なんだ、って思ったんです。ボクは、カフェから『幸福』を届けたい」
言い終わると、ちょうどお客さんがひとり入ってきた。初めてのようだ。少し驚いている。キョロキョロとしつつも、空いている席に適当に座る。座ってからも店内を見回している。しかし、落ち着きが追いついてきたか、和やかな表情で目を瞑りながら店員が来るのを待っている。カッチャが駆け寄り、少し談笑。そして笑顔。よかった、気に入ってくれたようだ。
「変ですかね?」
それを見ながらアニーは、問うた。それが彼女の全て。曖昧で抽象的だが、それ以外に言いようがない。
ユリアーネは、微笑んだ。
「……なるほど。ぜひ、届けましょう」
と、今度はユリアーネがアニーの手を両手で力強く握った。決意の表れ。が、ギリギリと強めに握る。
「ユ、ユリアーネさん……?」
「でも、何度も言いますが、利益があってこそです。ないのであれば、それを続けることができないことは覚えておいてください。そして……今は働いてください」
鬼の形相をしたカッチャがアニーに近づいてくる。
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