32話
アニーも、心の底では理解している。しかし、それでも彼女には伝えていきたい想いがある。『森』を通して、どのように幸せな時間を提供するか。
「売り上げ、売り上げっスかぁ。大事ですよね。でも、ユリアーネさんには知ってもらいたいっス。なぜ人は喫茶店に来るのか。何を求めているのか」
もう言ってしまった。ユリアーネは後には引けないし引かない。想いだけでは店は続けてはいけない。それでも、楽しみが勝る。
その香りにアニーは反応したのか、手をパンッ! と叩いた。
「そうだ、記念に食べてもらいたいものがあるっス!」
思いついたらとりあえずやる。新しい店の角出を祝福したいと願った。何度も言うがバイト中である。
「今ですか? もうお菓子はいただいちゃってますけど……」
たしかに、美味しいとはいえユリアーネはハロングロットルを合計3枚食べている。少食なのもあるが、これ以上、営業中の店に迷惑をかけるのも忍びない。緩く断りを入れる。
しかしアニーは、強引に話を進める。こういうのは形が大事。今日を記念日にしたい。
「みんなで食べるものなんですけど、ちょうど今日一件、同じものの予約が入ってたので、二個作ってたんです」
と言うと、急いで厨房へ戻っていった。
ひとり残されたユリアーネは、ポツンと立っているのも気がひけるので、とりあえず先ほどと同じソファーに座る。変なことになったな、と少し暮れなずんできた街を窓から眺める。これでよかったのだろうか、やはりまだ悩んでしまう。譲り受けた店だから、多少雑に扱っているのだろうか。そんなことはない。ここをスタートとして、経営を学ぶ。そして、拡大していく。それが夢。
「なるようになりますか……」
そう考えてしまうのは、ここが『始まりの森』だからだろうか。心を落ち着けて、不安を心にしまい込む。
数分後、急ぎ足でアニーが戻ってくる。トレーには木製のボードと、その上には焦茶色の甘い香りを発するお菓子のようなもの。ナイフ。
「どうぞ。ブルンスウィアーというケーキを、ケーエマンという人間の形にしたお菓子です。デンマークでは子供の誕生日に食べる定番の品です」
と、テーブルの上に、アイシングやチョコペンなどで、人の形に描かれたケーエマンを置く。北欧では、誕生日ケーキは用意されるものではなく、自分で用意するもの。記念日に相応しく、これでひっそりとアニーはお祝いをしたい。切り分けて、みんなで少しずつ食べていく。まずはアニーとユリアーネだけで。
しかし、初めて見たお菓子を、どうすればいいのかユリアーネは困惑する。ナイフを受け取ったはいいものの、腰が引ける。
「……どこから切ればいいんですか? 人間の形だとちょっと……」
「首からいっちゃってください。それも定番です」
「……」
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