319話
翌日。アニーが帰宅したあとのユリアーネの自宅にて。
《それならヨハン・シュトラウス二世に『ウィーンの森の物語』というものがある。私ならそれを推すね》
携帯電話のスピーカーから聞こえる声の主は、パリはモンフェルナ学園に通うジェイド・カスターニュ。ショコラティエールを目指す少女。かつてヴィオラを習っていたため、クラシックにも少々詳しい。「もう弾ける腕はない」と彼女談。
雑談であり、相談された内容は『もし店名を変更するなら』。そのつもりはユリアーネにはないが、そういう過程の話をするのも楽しい。スタッフもコンセプトも同じなのだから。ベッドに横たわりながら会話を進める。
「なるほど。ウィーンではないので『ベルリンの——』と変えてもよさそうですね。わかる人だけ、勘づく人だけという感じですが」
少なくとも自身は全く気づかない。なにか楽器を習っていたわけではないし、クラシックもあまり聴かない。ヨハン・シュトラウス二世という人物も初めて聞いたかもしれない。アニーからは「クラシックとかヒーリングとか聴いてそうっス」なんて言われたことはある。
かたや今では弾くことはなくても、かなり聴くほうのジェイド。話には続きがある。
《この曲の面白いところはね、珍しい『ツィター』という楽器を使っているところだね。三十本も弦のある、中々お目にかかれない楽器だ。そして作曲者自身、なぜか自然そのものに極度の恐怖心を抱いていたというね。もうなにがなんだか》
様々な二つ名を持つオーストリアの作曲家。『ワルツ王』『ウィーンの太陽』。そんな天才の気持ちなど、自身のような凡人には到底辿り着けない。彼の苦悩は彼だけのもの。もし会えたのなら、甘いものでもどう? ショコラとか?




