313話
「美味すぎるっス……気になるっスねぇ……」
いくらあっても困らない、困るのはビロル達キッチン担当だけの新メニュー。スモーブローも採用として、さらに追加できたら、きっとユリアーネさんがもっと喜ぶはず。
「あのー、めちゃくちゃ美味しいんですけど、これってなにが入ってるんスか?」
思い切って店の女性スタッフに聞いてみることにした。お土産に買うのはもちろんとして、もし秘密を引き出すことができたら。言うだけはタダ。聞くだけもタダ。とはいえ、そんな簡単に味の隠し味を教えてもらえるハズが——
「あぁ、ウチは特製のクヴァークを使っているからね。スーパーや他の店でも使っているところはあるけど、その違いじゃないかな」
あっさりと女性は教えてくれた。だが『特製』という部分で差別化が図れるため問題ないとのこと。ではそのクヴァークとは?
ひとことで言ってしまえば、ドイツでは馴染みのあるフレッシュチーズ。無脂肪から四十パーセントほどまで、様々な種類のある健康食品のひとつ。ヨーグルトとチーズの中間のような見た目であり、諸説あるが元は中世のバーデン=ヴュルテンベルク州にある修道院に伝わる食べ方であった。
もちろん、アニーも名前だけは知っていたし、香りと味でなんとなく予想はついていた。ドイツでチーズケーキといえばクヴァークを使ったものが多い。ほとんどの家庭の冷蔵庫に常備されていると言ってもいいほど。がしかし、どうやったらこの味が出せるのか。それが全くピンとこない。
「クヴァーク……特製のっスか……」
目の前に皿を持ち上げて、まじまじと見てみる。チーズの妖精さんが語りかけてくれる……わけもなく、ただそこに美味しいチーズケーキがあるだけ。それはそれで幸せ。世の中はまだまだ未知のことで溢れている。




