304話
アニーのほうにはピンときていない模様。
「なんスか、それ?」
「二〇一七年のバリスタの世界大会で、カナダのベン・プット氏が披露した技です。一度ミルクを凍らせて、その後溶かしていくと、甘いところから溶け出していくため、それを使う、という感じでしょうか。残った氷もほんのりとした甘さがあるため、シャーベットとして使えますし」
言い終えて「なるほど」と再度ユリアーネは頷く。それは盲点であった。やはり様々な人に意見をもらうことは大事。
ベン・プットは二年連続で三位入賞を果たしており、今年こそはと意気込んで参加したものの、結果は四位。充分にレジェンドだが、彼のすごいところは常にコーヒーの可能性を追いかけている点。勝ち負けよりも人々の記憶に残る一杯を提供してくる。
それは紅茶にも使えるかもしれない。アニーの表情がパッと明るくなる。
「いいっスね! さすがカッチャさんス!」
裏表なく見つめられると、さすがにカッチャも恥ずかしい。
「……そりゃどうも」
なんというかこう、この子達は守ってげなきゃ、というのは……そう心のどこかにあるのは否定できない。弟とか妹とかいなかったし。そういうのを求めているのかもしれない。
そこにウルスラが声をかける。
「やっぱりアニーとユリアーネがいるとなんかこう、違いますね」
上手く言葉にはできないけど。場が朗らかというか、華やぐというか。二人がいない時はそれはそれで違う〈ヴァルト〉ではあったけど、こっちが、こっちこそが本物の〈ヴァルト〉。だと思う。まだ働き出して間もないから、正しいのかわからないけど。
静まった店内をカッチャは見渡す。この森の中はきっと、賑やかなほうが似合っている。
「かもね」
やると決めたのなら。どうせやるのなら。自分にできることを自分にできる範囲内で? やってやろうじゃない?




