30話
ユリアーネも立ち上がり、荷物を持つ。
「他店との競合も必要ですけど、さらに内側にライバルがいたほうが、このお店のためになりますからね。他意はないです」
それだけ伝え、またも二〇ユーロ置き、テーブルの横へ歩を進めた。
「あ、ありがとうございます! あ、これはお返しします。ボクの奢りです」
と、アニーは二〇ユーロをそっと、ユリアーネの手に戻した。やはりいい香りがする。香水とかではない、ユリアーネそのものの香り。
一瞬、ユリアーネは面を食らったが、ここは彼女の指示に従おう、と二〇ユーロは受け取った。
「……そうですか、ありがとうございます。ということで、店長さんと今後について話し合おうと思います。基本的な方針やメニューについても打ち合わせを……」
と、店内をキョロキョロと見回すが、ダーシャはいない。厨房か奥にいるのだろうか。そちらに向かおうとすると、手を後ろからアニーに握られた。
「あ、大丈夫であれば今からお願いします。早く決めたいっス!」
先ほどの打ち上げられたマンボウのような目とは違い、アニーはキラキラと一〇〇カラットの輝く瞳を所持した笑顔を、ユリアーネの鼻先まで近づける。
一瞬、ユリアーネはたじろぐ。少し頬が赤らむ。
「え……あ、はい、店長さんが可能であれば、早めには決めたいと思っています、けど」
と、背後をキョロキョロと探すがやはりダーシャはいない。とりあえず今日は話すことが多い。向かわねば。経営者ならば時間は大事に。アニーともう少し話したいこともないこともないが、今はとりあえず店長と話を。
「はい、可能です。今からでいいっスか? ユリアーネさんがよければ、ですけど」
先ほどのソファにもう一度、アニーはユリアーネを促す。そうだ、紅茶のお代わりも持ってこよう。次はきっと、あの味がいい。想像する。
「ええ、だから店長さんと……」
と、ユリアーネ。
「はい、なので今から……」
と、アニー。
「店長さんと……」
「なので今からここで……」
「?」
「?」
話が上手く噛み合っていない。お互いに疑問符が頭に浮かんだ。店長と話したいユリアーネと、なら今話したいアニー。沈黙。店内の環境音が二人の脳に直接重く響く。
しかし、先に均衡を破ったのはユリアーネ。ずっと違和感に感じていたことだった。あまりにもお店の根幹から関わり過ぎているアニー。メニューから設備からなにからなにまで。まるで彼女の店であるかのようなポジション。
「……えーと、そういえばアニーさんはここの従業員さんです、よね?」
ひとつひとつ、理解を外堀から埋めていく。
「はい、そうですけど、あれ? 言ってなかったでしたっけ?」
アニーは首を傾げながら、過去を思い出すが、たしかに言ってなかったかも、とひとりで納得した。
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