29話
「……ドイツは地価は諸外国と比べても割安なほうですからね。それでも、かなり圧迫してしまっている」
「……うぅ……」
「調べましたが、このお店の紅茶の売り上げは、正直コーヒーの一割にも満たない。まぁ、当然ですね。仕入れのコストを考えると、切り捨てた方が経営者としては、正しい。これはビジネスですから」
「……」
矢継ぎ早にユリアーネは急所を突く。たしかに全て事実。そして、経営するのならば目を背けてはいけない部分だ。
聞いていてアニーも耳が痛い。無言になる。話は半分は聞こえるのだが、残り半分は頭をすり抜けていく。
なかなか彼女が黙ることはないのだが、縮こまった珍しい様子に、チラチラと常連のお客達が何人か目配せをしている。話の内容は聞こえないが、なにか異常事態なのだろう。心配している様子だ。
「ドイツのコーヒーの消費量はビールより多いですし、年々右肩上がりが続いています。コーヒーを売っていくのが売り上げを伸ばす常道ですね。ならば考えることはひとつです」
アニーは魂が抜けている。
お客達は、不思議そうに店内を見回している。
ユリアーネは……目を瞑り、笑みを浮かべた。
「紅茶の売り上げを上げてください」
そう言い、ハロングロットルをひと口かじる。ハロン、つまりラズベリーの甘酸っぱさが後をひく。
「ほ?」
アニーは頭をすり抜けた言葉を空中で再度手繰り寄せ、頭の中に閉じ込める。え? 今なんて?
ドロンマルのような食感を想像していたが、意外にもしっとり、ほろっと口の中で崩れるハロングロットル。それをしっかりと味わい、飲み込んで紅茶で流し込んだユリアーネは、カップとソーサーをゆっくりと置く。自分でもなんでこんなことを言ったんだろう、そんな諦めの表情に嘆息した。
「あなたに賭けます。この店の紅茶の売り上げを、今の一割以下から、五割以上まで上げてください。期限は一年です。それまで待ちます」
以上。ユリアーネは二個目のハロングロットルを手に取った。
「……エート、ツマリ?」
脳の処理が間に合わず、アニーは少し言葉に不自由する。待ってくださいよ、とユリアーネを制止する。彼女は三個目のハロングロットルに手を伸ばす。
「……あなたがこの店の顔として、紅茶を売っていくんです。ですがもちろん私もコーヒーを売っていきます。競争です。一年後の一〇月、売り上げが勝った方のお店にしましょう」
しっかりと飲み込んで、紅茶も飲み干したユリアーネは、そう言い放ち帰り支度を始めた。
「いいんですか!?」
突如テーブルを叩きながら大きな声でアニーは叫ぶ。周囲のことは気にしない。
店内のお客やカッチャなども驚いて注目はアニーに注がれるが、むしろ常連は、いつも通りに戻ったと安心している。落ち込んでいるほうが安らげない。すぐに元の状態に戻る。
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