288話
とある日の〈ヴァルト〉。キッチンにて。
「……いや、ここはこれを使おう。あいつ、相当酒好きだからな」
悩みながらもビロルが三年以上熟成させたラム酒であるダークラムを準備。サトウキビの野生味と、糖蜜の甘い香り。誰に合うわけでもないが、好きな人はとことん、というひと品。
その中でもカリブ海に浮かぶマルティニーク島。サトウキビを絞って出来たジュースを醸造、そして蒸留する『アグリコール製法』によって、他のラム酒と比べても風味豊かであり、熟成させるとさらにコニャックのような深みが出てくる。
ダーシャの秘蔵の酒ではあったが、そんなことはこの店の従業員にはどうでもよく、使えるものはなんでも使う。どうせバレるので先に伝えておいた。辛そうな様子ではあった。
その案に力を添えるのはオリバー。自分にできることといえば。
「となると、ここはやはりテーブルウェアにはプータルフリのものを……」
そう頷くと、どこからともなく直径一九センチの白い磁器プレート。黒い線と赤青の色味で不思議なイラストが描かれている。フィンランドのアーティストでありデザイナーでもあるアルミ・テヴァの作品。それをワークトップへ。
「プータルフリ?」
上からウルスラがその絵をまじまじと覗き込む。可愛いし、なんだか気持ちが上がる。そんな温かみのあるデザイン。雑貨屋で見かけたら買っちゃうかも。そんな印象。
背後からアニーが解説を買って出る。オリバーに任せるといつまでも喋りが終わらなさそうなので。
「フィンランドのブランド、アラビアのシリーズのひとつなんスよ。なるほどっスねぇ。たしかにたしかに」
自分だったら出てこなかったかもしれない。北欧のテーブルウェアは好きだが、ちょっと愛も知識も敵わなそう。さすがそこに着目して働き始めた人物。
店のことは把握しておこう、と最近ユリアーネも勉強は始めている。このプレートも以前質問したことがあった。
「プータルフリ、ってたしか意味は——」
あーでもない、こーでもない、と議論を交わしながら。ひとつの目標に向かって。突き進む。




