285話
年上の怖そうなお姉さんに怒られながらも、いや、怒られているからこそ、少女にはより甘美さが足されているわけで。
「楽しいよ。人を陥れるのは。最高の瞬間だ。リアクションが可愛いとさらに楽しい」
「エスプレッソね。すぐ持ってくるわ」
あまり関わりを持つのはよそう、と語気強くカッチャは断ち切って踵を返す。きっと背中に視線が突き刺さっているんだろうな、とは容易に想像できる。足取りが少しだけ早くなる。
そしてキッチンの窓から睨みつけるように、
「エスプレッソ」
と注文。出来るだけ苦めに。子供じゃ飲めないくらいに。そんな眼力。
「なんでキレてんの。というかオラ、クイーンズ・ガーター」
コトッ、とビロルはカウンターに置く。コーヒーを使っているだけあって、深みのあるブラウンの液体。その上にクリームがプースカフェスタイルかのように、層を作る。
フィンランドのブランド、イッタラの『トサイカ』というシリーズの、くびれた形の耐熱グラス。装飾の施されたメタルホルダーと、数字の8の字型の持ち手が印象的なデザイン。ティモ・サルパネヴァという男性デザイナーの逸品。オリバーが「ベリマッティ」と名付けていた。
当然ながら氷などは使わない。ジッとその色や形を薄目で見つめたカッチャは、一気に飲み干そうとしたが、ホットのためやめておく。目を瞑り、ゆっくりと。落ち着け。なにを操られている。あんな子供に。
「……ふぅ……」
しかし。なぜクイーンズ・ガーターを当てられたのだろうか。あれか、あの子はベルリンで話題の新進気鋭のマジシャンかなにかか。いや、そうに違いない。タネも仕掛けもわからないが、そういうことにしておく。マジックなんて、見破れるほど詳しいわけでもないし。
些細な態度の違い。それなりに歴の長い者同士。ビロルにはなんとなく、先ほどまでとの空気感の違いがわかる。
「なんなんだよ。なにかあったのか?」
言ってもものの数分。そんな機嫌が悪くなるようなことがあるかね、と不思議でしかない。




