275話
「ふーん、複雑だねぇ」
適当にアリアデリアは返す。別にそんなことは思ってないけど。それよりセーフティに置かれた。さて、どう撞いたらいいものか。「俺が負けたら奢るよ」と相手は言ってたんだから、それは奢りたいんじゃないんかい。そんなガチで勝ちにこなくても良くない?
という状況であることは、ぼんやりとカッチャにもわかった。そのぶんダーツはビリヤードより、自分の世界を持てる。相手の介入はあまりない。狙ったところにいくかいかないか。ビリヤードはルールにもよるけど、あえて相手が撞きづらい状況にするのも戦術。むしろそれは攻撃的な手。
「辞める、なんて言ったらどんな顔するかねぇ」
ビロルと店長はなんだかんだわかってくれそう。ユリアーネは悲しい顔で受け入れる。オリバーくんは「……口惜しいですが、マチルダをどうぞ……!」とか言いながら、カップとかくれそう。マチルダって誰よ。
問題はアニー。自分で言うのもアレだけど、使える手を全部使って引き止めてきそう。ありがたいけど。別にあの店に行かなくなるわけではない。遊びに行ったりとかもいいし、どうしても人手が足りなければ少しくらいなら無料で手伝ってもいい。その代わり食事はタダにしろ。
「ぐぬぬ……」
ビリヤード台をぐるぐる回りながら、あーでもないこーでもないとアリアデリアが唸る。マッセか? マッセなのか? できるのか? ラシャ代、いくらなんだ?
その友人の感情が羨ましい、とカッチャは素直に認める。真面目に遊ぶ。それは案外、できないこと。どこか力を抜いてしまうから。それが悪いことではないし、それこそが遊戯ってものなんだろうけど。彼女のような人は、努力してるってことに自分で気づかずに努力できるタイプ。
「……なにやってんだかね」
それは今、悩んでいる自分に対して。そして、なぜ悩んでいるのかもよくわからない自分について。結局、誰かが手を引っ張ってくれたほうに自分は進む。しっかり者、みたいに見られているかも知れないけど、そういうとこある。自分。引っ張られた先で頑張るだけ。




