269話
アニエルカ・スピラ。通称アニー。同じケーニギンクローネ女学院に通う同級生。そしてこの店の店長というポジション。紅茶推し。推しというより人生。隙を見せるとお湯を沸かして茶葉の準備をしている。元気いっぱいで、静かな森は彼女の希望であるにも関わらず、お客との会話を率先してこなす。
ドイツはフリースラント出身。世界でも有数、ひとり当たりの紅茶の消費が多い地域。そこで生まれ育ったのだから仕方ない。様々な種類の茶葉が店にストックしてある。それはもちろん店で提供するためのものでもあるが、自分の休憩のためでもある。
「トラブルも増えるけどね。たぶん数日もすると『あぁ、いない時のほうが落ち着いてたな』と思うようになるんだろうねぇ」
しみじみとビロルは数日前を思い返す。というのも一週間ほどアニーはパリへ行っていたため不在だった。そして今は戻ってきていて、今までのように無邪気に振る舞っている。お茶菓子が注文で入れば、自分用にそれに合う紅茶を選別し、勝手に食べながら飲む。
それが当たり前になっていたため、注文が入ったらひとつ多めに作ることが多々ある。そしてそのタイミングも掴めてきた。「そろそろだろうな」と勘が告げる。が、告げていない時に食べられることももちろんある。
その日常から解放された一週間だった。最初は天井を見つめながら「あぁ、そのまま注文を受けた通りでいいんだ」なんて感動しながら思考を放棄して作業できた喜びが勝っていたが、一日経つごとに物足りなさを感じるように。なので多めに作って自分で食べてみたり。
漫画なんかで、正義の味方として悪を滅ぼしたキャラが平和で退屈な日常に飽きてきて、本来の自身の性質である悪行に走る、なんてことがたまにあるが、あんな感じなんだろうか。多めに作るのは悪行か? まぁ、いいことだとは思わないけど。




