263話
なんとなく、叱責された時の様子が容易に想像できたユリアーネ。一瞬の間を置いて笑いが込み上げてくる。
「……私達、似てますね。それでは、ぜひ自宅で使ってみましょうか。この茶香炉もいただいちゃっていいんですか?」
「当然っス。ボクも形はちょっと違いますけど、家にありますし。火っていいっスよね。キャンプでも焚き火って人気みたいですし。なんとなくわかります」
まだ蝋燭に火をつけていないのだが、とろんとした目つきのアニーにはなんとなく見えてくる。ついでにポケットに入っていたマッチもテーブルの上へ。一応買っておいた。
文明が進んだことで、火を起こす事というのは必須の条件ではなくなった。電気やガスを使えば、指先ひとつで簡単に作り出すことができる。だからこそ、この面倒ともいえる行為が現代の喧騒を忘れさせてくれる。揺れる炎。パチパチと薪が焼かれる音。遺伝子に刻まれたリラックス効果。
そういえば、と天井をユリアーネは見上げると、ひとつ提案。せっかくなので雰囲気も大事に。
「電気、消してもいいですか? 蝋燭の火を感じていたくて」
暗くて静かな炎。それを眺めて今は過ごしたい。
もちろん、とアニーはマッチをつけ、蝋燭へ。
「では消しますね」
壁のスイッチを押す。すると室内は間接的な照明となり、明るさは落ちるがどこか静謐な空間へと変わる。外の風の音。呼吸音。それがより強調され、お互いに顔を見合わせる。
「不思議、ですね。今、ここにいるのが」
なんだか望郷の念に襲われ、自分の立ち位置がわからなくなるユリアーネ。だが不安があるわけではない。ワクワクするような高揚感のほうが強い。ベルリンから離れるというのも久しぶり。今になってやっと実感してきた。
ほのかに香りだす茶葉。それに乗って故郷の風景がアニーには思い出される。
「そうっスね。ボクには都会過ぎて目まぐるしいっス。たまにフリースラントの天気とか調べちゃいます」
出てきて最初の頃は、天気が全然違って予報を恨んだもの。徐々に慣れてきて、今ではちゃんとベルリンを調べている。今日は曇りらしい。パリも似たようなものだった。




