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254話

 だが、その必要はアニーにはない。すでに決まった。


「いえ、ここにある全ての種類の香りも味も、一度は味わったことあるんで大丈夫です。覚えてますから」


 すでに通販で取り寄せ済み。〈ヴァルト〉の戸棚には古今東西の茶葉が、気分によって飲み比べできるようにストックしてある。無論ダーシャには無許可。


 『嗅覚野』と呼ばれる部位で匂いというものは処理され、記憶を司る『海馬』という部位に蓄積される。そして紅茶に関する情報ならば、忘れることなくいつでも引き出せる。それが彼女というもの。


 一応、自身も記憶には自信がある。だが、文字や動きといったものとは違い、目に見えないものまでシシーはたどり着いていない。


「……本当にアニエルカさんには興味が尽きないね」


 ある意味で尖り切った人類の進化の先。紅茶といい香水といい。嗅覚というものは世界を支配するのではないか? などと突飛すぎる未来が見えてくるよう。あぁ、でもそんな映画があったな。


 そして人を掻き分け、アニーはその中の一店舗に的を絞る。壁沿いにマホガニーの無垢材を使用した、アンティーク調の棚。多種多様に並べられている中で、中心の一番目立つところに置いてある、黒い箱を手に取る。


「そうっスねぇ……その方に贈るのであれば、これがシシーさんの気持ちに一番近い気がします」


 と薦めつつ、自分のぶんも。中身は一緒でも、定期的にセットの箱が変わる。この機を逃すといつこれを買えるかわからない。かつてはキャンディの包み紙のように両端を絞った形や、縦置きなど様々に種類があった。


 商品の横に、開けられ中身が見えるようになった見本。それを確認しながらシシーが目を細める。


「……コンパニー・コロニアル。聞いたことはないね。どういうブランドなんだい?」


 三色の缶。水色・朱色・白。それぞれ違った茶葉が入っている。そして色だけではなく、描いてある絵も違う。星・柊・雪山。

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