252話
下の階からは活気のある声と熱量。そこへ飛び込んでいくことにシシーは少し覚悟を決める。
「パリは色々と刺激的だね。何度でも来たくなる。ここもそのひとつだ」
賑やかな場所は好きだ。人々の活力が漲っている。買い物客も。働く人も。
降り切るとフロアいっぱいに広がるそれぞれの出店場所。壁沿いやら中央やらにある程度種類別でまとめ上げられ、見やすく配置されている。試食や試飲などをしながらそれぞれ、思い思いの土産物を選んでいる。
一歩そこに踏み入れただけで、自然と恍惚の表情に変わってしまうアニー。フランスの紅茶といえばフレーバーティー。それを凝縮した場所。
「このフロアにフランスを代表するブランドが出店してるっス。はぁー、天国っスねぇ」
そこかしこに見知ったブランドの名前。紅茶はフランス土産としては定番ということもあり、人だかりができて混雑している。日持ちもして種類もたくさん。土産の選択肢に入りやすい。
地上階以上はどちらかというと穏やかさも感じられたが、地下では様々なブランドが熾烈な争い。熱さ、のようなものが違う。それを求めて人々は群がる。その中からお気に入りのものを見つけるのに躍起になっている。
ショコラーデが溶けそうなほどの熱気にシシーは押され気味。
「すごい賑わいだ。たしかに地元民というよりかは観光客のほうが多く見える。それで、俺が贈るのに適した紅茶ってのはどうやって見極めるんだ?」
観光地を巡るのもいいが、一応の目的は『自分に合った紅茶をルームメイトに贈る』こと。その方法とは。
「簡単です。その方を頭の中で思い浮かべてください。そんでもって、失礼します」
そう言うと、アニーは戸惑うシシーの首筋に顔を近づける。嘘をつく時や人を想う時、香りは普段と若干の違いがある。研究結果とかは知らないけれども、自分にとってはそんな気がして。
しかしそうなると、じっとするだけのシシーだが、少々心残りが。
「香水をつけているんだけど大丈夫かい? 言ってくれればつけないで来たのに」
こうなるのであれば、いや、こうなることは予想できたのに。先に確認するなり、やりようはいくらでもあった。これは自分のミス。




