242話
詳しくはないけども。そんなすぐに弾けるようになるものでもないし、曲を覚えることが大変だということは間違いないはず。たしかにものすごく激しい、という曲調ではなかったから、難易度的にはそれほどではないのかもしれないけど。それでも。
普通ではない成長曲線を描きつつも、当のシシーは満足しない。生涯、満足を感じることなんてない。それが自分だから。
「クラシックというものはね。特に彼らロマン派と呼ばれる作曲家達は、自分の弱さも隠すことなく表現するんだそうだ。音という媒介を使って比喩的に。美しい。だからこそ、彼らと同じにならなければ、この曲は真に理解できないんじゃないかな」
その目は今ではなくずっと遠くを見つめている。それは過去。いないはずのリストとアイコンタクトしているような。俺はあなたに少しでも近づいていますか?
この曲は二二歳のリストが当時のパリで出会ったマリー・ダグー伯爵夫人との恋愛、そして別れを経験してから作曲されている。甘さだけではなく苦さ。それらが見事に混じり合った名曲。ちなみにこの二人の間にできた子供のうちのひとりは、楽劇王ワーグナーの妻となる。
それはそれとして、一向にアニーには話が見えてこないわけで。哲学とかクラシックとか。難しい話をされると頭がショートしそう。
「それでボクが呼ばれた理由は」
全く今のところはなにもわからない。曲を聴かせたい、というのはたぶん違うだろうし。紅茶を奢りたい、なら大歓迎。
横道に外れてしまった。自戒しつつシシーは本題にようやく移る。この濃厚なクラシック。味わい尽くすため。
「この曲をね。自分のモノにしたいんだよ。リストへの敬意だ。だがそうなると問題点がひとつ」
「?」
一気に三つもの疑問に支配されたアニー。えーと……モノにしたい? 敬意? 問題点? もう一度考えてみてもやはりなにひとつ頭に入ってこない。つまりやるべきことはギブアップ。答えが出るまで待つ。




