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241話

 数分間の演奏。終わるとアニーは自然と拍手。なぜいきなり弾き始めたのかはわからないけど。心に響く。


「……綺麗な曲っスね。聴いたことがある気がします。なんて曲ですか?」


 自分だけで独り占めしてしまっているようで、どこか申し訳なさも感じつつ。


 うーん、とまだ納得のいかない演奏だったようで、頭の中で反省点を見出すシシー。タッチにミスはなかったはずだが、どうもまだまだ。


「この曲はフランツ・リスト『愛の夢 第三番』。有名だね。たぶんリストの中では一、二を争うくらいには。俺も好きな曲だ」


 タイトルも含め。シンプルだが、どこか底なし沼のように抜け出せなくなるような怖さも感じられる。だから好き。


 この曲は元々、リストが作曲した歌曲であった。静かなピアノと感情豊かな歌詞。『愛する人が亡くなっても愛し続けよ』という内容の歌だったが、ピアノ曲として編曲する際に一部を削除した。理由はわからない。言うなれば不完全な形で残したことになる。


 愛の夢。覚えた。あとで調べてみよう。少しだけクラシックについて詳しくなった気がするアニー。それにしても。


「ピアノも弾けるんスね。さすがっス。ボクなんかイスに長時間座ってるのも……」


 さらにあんな細い鍵盤をリズムよく叩く。考えただけで神経をすり減らしそう。そんな時は紅茶。紅茶を飲まねば。


 感心の視線を受けながらもシシーはやんわりと否定。


「いや、こっちに来てからピアノは教わった。ただ弾くだけなら暗記だからね。得意分野だ。だがやはりというべきか、どうにも感情が乗せ切れなくて」


 こんなに愛おしい曲なのにね、と先ほどのピアノを振り返る。自分の力の無さと。どこまでも味が生まれてくるクラシックというものの深さ。できない、は楽しい。


 全く音楽的なことには詳しくはないアニーだが、少なくとも自身にはとても素敵な演奏であった。だがそれ以上に。


「……こっちに来てから……?」


 こっち……って、まだ来て数日なんです……けど?

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