24話
「私専用? ここのお店は来るお客さん全員に、専用の紅茶を出しているんですか?」
どういう基準で選んだのだろう。ユリアーネは自身の行動を思い起こすが、どれを参考にして選ばれたのかはやはりわからない。
あっけらかんと、アニーは言い放つ。
「そっスよ。まぁボクがいるとき限定ですけどね。その時々、その人に合わせて提供してます。まぁ、コーヒー頼む人が多すぎて、そんなにめっちゃ多いわけじゃないですけど」
私の初心。私専用の紅茶。その答えはここにある。そうなのだろうか? ユリアーネは悩むことしかできない。
「でもきっとこれが合ってるっス。ささ」
どうぞ、とアニーはすすめてくる。
結局、色々と分からずじまいだったが、ユリアーネは冷めないうちに紅茶をいただく。今回はアイスではなく、いわゆる普通の紅茶。香りが鼻腔を刺激し、穏やかな気持ちになる。軽くひと口。
「……優しい、優雅で、体が芯から温まるような、これはスパイス?」
胃に流れていく温かな水分が、ユリアーネの全身に広がり、細胞ひとつひとつに染み渡っていく。眠りついた体の奥底にまで、潤沢な命の水が届くようで、もうひと口飲むと、自然と体が天井を向いて息を吐いた。美味しい。
いつに間にか対面席にいつものように座っているアニーが、解説を始める。
「そうです。セーデルブレンドという種類の茶葉と、クローブなどのスパイス。それとボクからの愛が詰まってるっス」
両手で頬杖をつき、満面の笑みを浮かべる。提供するのが嬉しくて仕方がない、そんな表情だ。
しかしユリアーネは、それとは正反対に、苦悩の面様を見せる。それと、愛はスルーしておく。
「たしかに、心まで温まります。でもどういうことですか? これが私に合っているって」
そう問われ、アニーは背筋を正し、ユリアーネを正面に見据えた。目に力が宿る。惑う彼女に、本意を伝える。
「セーデルブレンドというのは、スウェーデンの名ブレンダー、バーノン・モーリス氏が考案したブレンドティーなんです。ノーベル賞授賞式の後の晩餐会でも飲まれる逸品ですよ」
そう言うと、ユリアーネのために用意した紅茶を拝借し、ひと口飲む。店員が普通に紅茶を飲んでいるが、まわりのお客達も全く気にしていない。ここはそういう店だ、とみな知っている。この森の中では全て無礼講。
スリランカの旧国名『セイロン国』から名前をとった、セイロンティー。標高によって茶葉の味が変わり、セイロンセブンカインズと呼ばれる有名な七つの産地を有する。その中でも、今回使った茶葉は、最も高い標高のヌワラエリア。ユーカリやミントの優雅な香り、緑茶に似た渋みを含む銘茶。
その茶葉にマリーゴールドやバラなどの野生の花をブレンドし、かすかな甘みを引き出す。張り詰めた緊張を弛ませる、優雅な香りと味。ユリアーネも、ゆっくりと進むような、朗らかなこの至福の時間を揺蕩う。
「そう、なんですか。これが……というか、スウェーデン? たしかのこの前のグラニテやお菓子も……」
と、昨日を思い出す。スウェーデン尽くしだ。そして、先のカッチャの北欧の知識をアニーから聞いたという事実。偶然ではないだろう。ここまで統一する意味とは?
「気付きました? ボクが目指しているものがそこにはあるんです」
そこ、とはスウェーデン、ひいては北欧。アニーの目指すものは、北欧の世界にある。国民の幸福度ランキングで毎回上位を独占する国々。その思想。生き方。
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