23話
問われて、カッチャは「そうねぇ……」と、足を止めて考えたが、出した答えは、
「泣いても、ここならバレにくいでしょ。暗いし」
「……はい?」
それはユリアーネにとって予想外だった。泣く? あの涙が出る、泣く?
把握できていないユリアーネを見透かし、カッチャはヒントを追加する。
「ほら、カフェっていうとブラッと立ち寄れて、仲間と喋って、あー楽しかった、ってとこじゃない? でもさ、全員が全員そうじゃないと思うのよ」
「と、言いますと?」
発言の全貌が見えてこず、ユリアーネはカッチャに催促する。カフェは楽しい場所。普通に考えたらそうだ。コーヒーを飲みながら、語らい、笑う。それこそがユリアーネにとってのカフェだ。
しかし、カッチャはそうではないと言う。
「例えばさ、恋愛話で別れだとか、誰かが亡くなったとか、試験に落ちたとか。そういう時ってさ、どこに行って何をすればいいかわかんないじゃん。どこで泣けばいいのか。誰に話せばいいのか。そんな時にさ、ゆったりと自分自身と向き合える、そんな店があってもいいんじゃない?」
「それがこの店である、ということですか?」
なぜカフェに? という疑問がユリアーネに浮かんだ。人目を憚らないのであれば、カフェは人が多い。繁盛している。そんな人は、カフェで落ち着けるのだろうか。自室に篭って泣きはらす、ではダメなのだろうか。
点と点が結びつかないユリアーネの気持ちを察し、またさらにカッチャは情報を足していく。
「まぁね。さっきも言ったけど暗いし、自然に囲まれた中で、誰かにバレることなく泣けばいいのよ。森ってね、北欧だと『初心に帰れる場所』っていう位置付けなんだって。アニーから聞いたけど」
「初心……」
考えたことのない到達点だ。ただの休憩場所というものではないらしい。ユリアーネにとって、新しい扉が開かれるような思い。カッチャの考え方は、細胞に新しい栄養が入り込むようだ。もう少し詳しく知ってみたい。
「難しいこと考えないでさ。みんな、ここで初心に帰ればいいの。それぞれの初心。色々な初心。言葉じゃない初心。それは自分で答えを出すの。あ、ごめん。呼ばれちゃった」
そう言い残し、カッチャは本来の自分の仕事に戻っていく。昨日は、働いていない従業員を非難したユリアーネだが、自分がそれをやってしまっていた。少し反省。曖昧だが、実りのある会話だった気がする。会話をもう一度、自分なりに噛み砕き、自問自答する。
数分後、トレーにたくさん乗せたアニーが戻ってきた。
「おまたせしました。ユリアーネさん専用の特製ブレンドティーと、特製ハロングロットルです」
コトッ、と乾いた音をたて、アニーはテーブルに置く。できるだけ音をたてないように、丁寧に。
ハロングロットル。聞いたことのないお菓子だ。クッキーのようだが、ラズベリーのようなものが乗っている。ユリアーネはその色や形から意味を考えるが、すぐにギブアップする。何語だろう。それより気になるのが。
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