22話
しかし、昨日、アニーはユリアーネが欲しいと思うものをピンポイントで当てた。いや、本当のところはわからない。自分自身、グラニテとドロンマルが本当に欲しかったのか、もしかしたら温かいものも心の奥底では欲しかったかもしれない。だから今日、ここに来た。昨日のことが正しかったのかの答え合わせ。
「なにかあったんスか?」
アニーの声にハッとする。深く考え込んでいたユリアーネは、少し顔色が悪く見える。
「……そう思います?」
様々な角度からアニーはユリアーネを観察する。うんうん、と唸りながら、時折考え込み、天井や床を見つめ、なにかひとつの結論を出そうとしているようだった。が、唐突に止める。
「……でも、病んでる表情もありっスね……ま! それはそれとして、今日はお客さんなわけですから、すぐに用意するっス!」
と、風のように厨房に去っていった。
「……?」
やはり掴みどころのないアニーの言動に、ユリアーネは困惑するが、一度離れて落ち着いてみる。時刻は夕方一六時。コーヒー消費量世界のトップ一〇に入るドイツの首都ベルリンということもあり、どこもかしこもこの時間はカフェは混雑している。ヴァルトも例外ではない。
様々なカフェに行ったことはあるが、昨日も思ったことで、改めてこの店は個性が強い。名前の通り、森の中にいるような空気感。壁に描かれた動物、アクセントとして溶け込むような絵画。BGMなどもなく、聴こえるのは小さな談笑や、テーブルウェアの音。本を読むには少し薄暗い。キャンプをやっているかのように、全方位から自然を感じる。孤独さえも感じるが、なぜかそれが心地よい。
「ここが、私のお店……」
譲り受けたのだから、ここは後日ユリアーネの店になる。どのような店にしようかと、賭けに勝った時から考えていた。何もかも全て新規で、というわけにはいかないことはわかっている。居抜き物件であるし、元から通っていたお客様には、できればそのまま通っていただきたい。何を残して、何を削るか。
「……落ち着く、かもしれません」
森をデザインした店だということは、昨日、店に初めて入ったときに知った。ゆえに、大幅に変えるのか、この路線でいくのか決めかねている。今日、来店したのはその決断も兼ねて。自分のカフェの定義は『リラックス』できること。その考えであれば、ここは……たぶん……。
「なになに、視察? 今日から働く?」
と、ユリアーネが思案するところに現れたのは、絶賛バイト中のカッチャ。まだなにも知らされていないのだろう、漏れ出る空気が友好的だ。本当のことを知ったらどういう風に切り替わるのだろうか。
「いえ、今日は普通にお客さんとして。えーと……」
「カッチャ。カッチャ・トラントフ。まぁ、ゆっくりしていきなよ」
カッチャは軽い挨拶でその場を去ろうとするが、
「あの」
と、ユリアーネが引き止める。引き止めてから、なんで引き止めたんだろう、と自問する。頭が働いていない。
「ん?」
「あの、このお店のいいところって、どんなところだと思いますか?」
本当は別に聞こうと思っていたことではないが、この際だから実際に働く従業員からも情報を得てみよう、と頭を切り替えた。有益なものもあるかもしれない。
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