214話
パリ七区。エッフェル塔やオルセー美術館など、文化的な建造物。パリを舞台にした映画などでは必ずと言っていいほど映し出される、フランスを代表する地区。その他、首相官邸や外務省、ユネスコなどの機関の本部も設置されており、二〇ある区の中でも中心となる場所。
ナポレオンの墓やセーヌ川といった観光はもちろん、治安もよく閑静な住宅も密集する高級エリア。歴史も風情も感じられる人気のスポット。
その歴史あるオスマン建築の通り。そのひとつにある老舗ショコラトリー〈WXY〉。ショーケースでのショコラ販売はもちろん、ボンボンの袋詰めなども人気の、常連客から観光客までごった返すセギュール通り店。
カフェを併設したこの店舗で、ホールを見渡しているのは女性店長のワンディ・ルコント。キッチンでの調理・製造担当なのだが、飛び出して新人の少女二人に感謝を伝える。
「いやー、助かるわぁ。やっぱ助け合いって大事よね。店にずっと籍は残しておくから。いつでも手伝いに来てくれていいからね。あー、忙し」
それだけ伝えると、またキッチンへ戻る。最近は店舗ではホールを担当していたこともあり、なんだか変に力が入っていつもより疲れる。元々調理を担当していた人物は、ショコラトリーじゃないところへ手伝いに行っている。副店長は他店舗のヘルプへ。
とはいえ、腕はたしかなもの。製菓学校で講師をすることもあり、パリ市内で働く弟子もたくさん。今日もどこかで彼らはフランスのショコラ文化を支えている。
「……の割にはアルコールの匂いがするっス……絶対に飲んできてますよ、ワンディさん」
げんなりとした雰囲気を漂わせつつあるアニーは、彼女が引っ込んでいったキッチン、揺れる両開きのドアを眉を顰めて見つめた。
とはいえ、このざっくり感とした割り切り方。そこにユリアーネは感謝もしている。
「……まぁ、その大胆さのおかげでこうして働けているわけで」
複雑だが、いい勉強にもなる。完全な他業種というわけではないし、いいところもたくさん盗めたら盗む。それに緊張もするけど楽しさもある。販売用のレジにも立たせてもらったり。〈ヴァルト〉ではあまりそういうことはない。
トレンチでくるくると手遊びをしながらアニーは渋々納得。
「そうっスけど」
だがやはり接客は楽しい。常連からは新顔と可愛がられ、観光客とは似たような境遇で話が合う。もはや働いている時間は留学という単語は頭にない。
少しずつ、他のスタッフがシフトの時間となりやってくる。客数の増える時季は入れる人は全て入ってもらうことにしているそう。




