21話
翌日。
「こんにちは」
夕方の混雑の隙間に、ユリアーネはヴァルトへ来店。ドイツでは、カフェなどの飲食店で、店員が席へ案内することはほぼない。空いているところに自由に座り、店員が注文を取りに来るまで待つ。が。
「ユリアーネさん! その気になってくれたんですね! 今日も可愛いっス。その髪型も似合うっス!」
すぐにアニーが店の前の通りがよく見える窓際の席へ。眺めもよく、人々の往来を見ながら黄昏れるのにはもってこいの席だ。彼女の一番のオススメの場所に、ユリアーネを通す。完全に贔屓にしているが、今更そのくらいのことでは店は注意もしない。
昨日とは少し雰囲気が違うことにアニーも察した。結って髪型を変えていることも関係しているのか、なんとなく緊迫したような、鋭い緊張感を感じている。
「いえ、たまたま立ち寄っただけです。このあとも、結構タイトに詰め込んでいるので、少しだけですけど」
席に通され、ユリアーネは腰かけると、浅い呼吸を繰り返しながら店内を見回す。落ち着かない様子だが、その理由はひとつ。アニーという存在。心がざわつく。
「そうなんスかー、もっと色々お話ししたかったので残念です」
アニーからかけられた声、ひとつひとつになにか裏がある気がする。ただの勘でしかないが、昨日の態度のどこにもアルバイトではないという空気は出していなかったはず。それなのに見破られたのはなぜ? それを確かめにきた。
「こちらをお願いいたします」
出されたメニュー表の欄にはひとつ、最後に異色なものがある。『オススメ』とだけあり、値段も『応相談』となっている。それを指差し、ユリアーネは注文した。説明文には『お客様が本当に欲している紅茶を提供いたします』と書いてある。
「私が今、本当に飲みたいと思っている紅茶を作ることができますか?」
凛とした声色で、アニーを見据えた。もし自分の直感が正しいのなら。きっとこれはただのティータイムでは終わらない。なにかの始まり。そんな予感がする。
一瞬呆気に取られたアニーだが、微笑みを浮かべ強い意志で返す。
「いけます。『ストレート』『ブレンド』『フレーバー』や、好みとかは」
「それも込みでお願いいたします」
「……承知しました」
ユリアーネからのヒントはなし。全てアニーの感性に任された。
紅茶は大きく分けて三種類ある。まずその地域原産の茶葉のみをそのまま使った『ストレート』。育った気候や土によって個性が出るため、本来の味を楽しむならばこれ。
そして複数の産地の茶葉を混ぜ合わせた『ブレンド』。混ぜ合わせることで、本来味わうことのできない味を楽しむことができる。その国の水や、その年の味の出来栄えを考えてブレンドする、ティーブレンダーなる職業もあるほどで、複雑な味を好むならこちら。
そして、茶葉に花やドライフルーツなどの香りを人工的につけた『フレーバー』。茶葉本来の味を楽しむものとは外れているため、紅茶というカテゴリーからは外れているのだが、様々な香りを楽しむならこれを選ぶ。
紅茶は産地によって、その年によって、時期によって、数億以上の味の違いを生み出す。そんな飲み物を、お客様の心理状況によって提供する紅茶を変える。そんなことが可能なのだろうか。ユリアーネは不可能だと考えている。なにで判断すればいいかなど、わかるはずもない。目の前の人間がレモンティーとミルクティーのどちらが好きかすらわからない。
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