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199話

 瞬間的に燃えた花火が落ち着くように、尻すぼみでユリアーネのテンションは控えめになっていく。冷静に。


「……とは言っても実際に行ったわけではありませんが……」


 少し赤くなる。コーヒーのことを振られて舞い上がってしまった。なんだろう、流れていってほしい方向に誘導されたような。上手いこと。


 北イタリアはミラノ。南イタリアはナポリ。大きく分けるとこの二都市を代表とした流派、のようなものがある。アラビカ種を多く使った華やかな香りを持つミラノ風、ロブスタ種を多く使った重厚なクレマと苦味のナポリ風。それらを中心として、各店舗がその店だけの味を持つ。


 南部の話が出た、ということで、味以外でも注目すべき点があることをリディアは知っている。


「ナポリには『カフェ・ソスペーゾ』っていう習慣もあるよね。素敵だと思わない?」


 好きなんだよね、と同意を求めるように。


 直訳すると『保留のコーヒー』。富裕者は、一杯のコーヒーに二杯分の値段を払う。そしていつか、お金がない、顔も知らない誰かが店を訪れた際に、そのぶんをご馳走するという心のシステム。実際、第二次世界大戦中などの貧困にあえぐ同胞を支える一杯となっていた。


 そして受けたこの施しを、いつか自分に余裕ができた時にまた別の貧しい誰かに。恩返しではなく恩送りというもの。この慣習は経済の回復とともに少しずつ衰退していったが、今でもナポリの人々の誇りとなっている。


 やけに詳しい。またさらに警戒のレベルを上げつつ、だがユリアーネにとっても惹かれるところがある。そして。


「たしかに……思います。カフェ・ソスペーゾ……もし——」


「自分の店でやってみたら、とか考えた? いいんじゃないかな、本場のエスプレッソの味だけじゃなく、そこに根付く人々の心まで真似る。私なら幸運を求めて行っちゃうかもね」


 たしかアニーと二人はカフェをやっていたはず。そんな情報を聞いていたことをリディアは思い出した。素直にすごいと拍手したい。


 もちろん、これはお店側がお願いすることではないが。なにかきっかけのひとつとして、考慮してもいいものなのではないか。そんな手応えをユリアーネは得る。


「……ありがとうございます」


 しかし、申し訳ない、と思いつつもまだ気を許していいのか惑う。いや、本当に仲良くしてもらえるのであれば嬉しいことこの上ないのだが。その場合は今日のことは謝罪しよう。

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