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192話

 数日前に遡る。


「どう? 紅茶の味はした?」


 余裕を秘めた双眸で聞き返したのは、ケーニギンクローネ女学院の麒麟児、シシー・リーフェンシュタール。美味しい紅茶とお茶菓子をいただいた、その艶やかな唇。


 場所はアニーの部屋。すでに〈ヴァルト〉に向かったユリアーネに、今日はこの場所まで連れてきてもらった。お互いに依存し合っているのだろう。羨ましいこと。美しいこと。


 天井のライトがまるで後光のようにシシーを照らす。安価なはずの光が、まるで神々しささえ感じるほどに値を釣り上げられる。重なった影が二つに離れた。


 吸い付くような瑞々しい唇の持ち主はアニエルカ・スピラ。彼女とシシー。その二つの唇は見えない糸で繋がっているようで。


「どう、って……」


 どう、とは? どう、ってなんだろう。こういう時、どういう反応をして、どういう感想を抱くべきなのか。経験のないアニーにはよくわからないでいた。


 ぐわーって顔が近づいて。より濃密な香りがじゅわーってきて。ほわほわっとした気持ちになって。で……舌先にざらっとしたものが触れて。で、どうするの? 学校では教わっていない。


 ウブなリアクションも楽しい。仕掛けた側のシシーだが、多少の満足感。


「そのままだよ。どう感じたか」


 もう自分には思い出せないこと。どんなだったか、この子はどう感じ取るのか。しかしこんなことを考えてしまう、行動を起こしてしまうのは、ストレスでも溜まっているのかと自分を分析もしてみる。不思議だ。


 いつもであれば、こうしたシシーの雑念も鋭敏化している嗅覚でそれとなく感じ取れるアニーではあるが、それもわからなくなるほどに脳内がショートしている。


「驚いた、っス……」


 と返すので精一杯。言いたいことはあるのだが、脳と口がリンクしない。唯一出てきたのが先の言葉。


「それだけ?」


 不満そうに、それでいて蠱惑的に。顔色を覗き込んでシシーはさらに求める。会見の場でレコーダーを差し向ける記者のように。いい感想はぜひ録音でもしておきたいところ。


 その瞳を真っ直ぐと受け止めながらアニーは再度思い詰める。率直な気持ち。が。


「……たぶん……っス」


 とだけ。なんだろう、なにか試されているような。なんと返すのが正解なのだろうか。よくわからない。それにユリアーネの顔が頭をよぎる。だから喜ぶとか、恥ずかしいとかよりも。悲しい、ような。そうでもないような。とにかく適した言葉が見つからない。いつ見つかる?


 ガラス玉のようで、美しく濁りのないその緑がかった虹彩。だからこそシシーは。


「……すまないね、意地悪な質問だった。つい、アニエルカさんが可愛いから」


 濁らせてみたくなる。自分の色に。

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