19話
「店長、だけ? 他の人達は……?」
と、疑問の残るダーシャに、ユリアーネは大きなため息をついた。
「民法六二六条をご存知ですか? 『就労拒否』『無断欠勤』『無断での有給消費』『脅迫行為』『雇用者に対する犯罪行為』、これらが確認された場合、解雇通告なしに解雇できることを」
「あ」
やってるねぇ。やってますわ。ひとつ残らず。特に脅迫。埋めるのはもはや脅迫というより殺害予告。立派な犯罪行為。ダーシャは声を発した後、無理無理とそこで諦めがついた。
「ともかく、あの二人はシフトから外します。補填はこちらで用意しますので、ご安心を。今日は一旦帰ります。いい返事を期待しています」
もう話すことはない、とカバンを持ち、部屋からユリアーネは出て行こうとする。ダーシャの反応を見るに、話せないようなことをここのスタッフ達はやっているのだろう。それを見逃してしまっていた彼の責任になる。とはいえ、お客様として来ていただけるなら、歓迎はしよう。だから、できるだけ丁寧に、スタッフには挨拶をして帰ろう。
「……ひとつ聞いていい……ですか」
過呼吸気味にダーシャがユリアーネの背中に問いかける。
ドアノブに手をかけようとしていたユリアーネはそこで止まった。まだなにか、とまた、ため息をつく。
「なんでしょうか」
振り返ると、イスに深く腰かけたダーシャが目に入る。天井を見据え、完全に降参している様子だ。
両手の指を組んで後頭部にあてがいながら、天井の先の空でも見るかのような目で、ダーシャは最後の質問をした。
「ここのオーナーになってなにがしたいの? ここのお店じゃなきゃいけない理由ってなんなの?」
最後の質問がこんなのでいいのかな、聞いて何になるのかな、と自問自答しつつも、とりあえず聞いてみた。その答えがなんであろうと意味はないのだが、なにか聞かずにはいられなかった。
そんなことか、と少し怒気を孕みつつ、ユリアーネは正直に返す。
「言ったじゃないですか、賭けに勝ったからです。そして、私はお店をいただき、カフェを新規で開く。ここのお店なのはたまたまです。ベルリン周辺であればどこでもよかった。他に何か?」
一気にまくしたてる。さらに反論があればどうぞ、と促す。
「いやだって、まだ学生……」
と、ダーシャが言いかけたのを遮り、ユリアーネは被せるように畳みかけた。
「まだそんなこと言ってるんですか? この国では学生の起業なんて普通ですよ。カフェなんて可愛いものです。大学生ともなれば、海外企業と提携し、欧州展開するプランの見積もりなど個人でやりとりする時代ですよ」
「そ、そうなの……?」
「私もカフェで海外展開を考えています。その一店舗目がここというわけです。もし失敗しても、早いうちに経験することが大事だと思っています」
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