178話
足は少し、震えている。声も。深呼吸ではユリアーネは平常心に戻れなかった。
「お待たせいたしました、どうぞ」
ソーサーに乗せたカップをテーブルへ。コトッ、といつもより少し大きな音が出てしまったかもしれない。
だが、それよりもそのコーヒーの表面に描かれたアートにララは釘付けになる。
「わ、すごい。ラテアートでこれは……薔薇? カフェラテ? オレ?」
フォームミルクによって繊細に表現されたものは、まさしく一輪の薔薇。こういった心遣いは嬉しい。
携帯のカメラで撮影するララに、少々落ち着いてきたユリアーネは説明を入れる。
「いえ、コルタードです。材料は同じなんですけどね」
四枚ほど撮り終えたところで、満足したララは気になる単語を復唱する。
「コルタード……? どう違うんですか?」
聞いたことのない種類。見た目はカフェオレやラテなどと似ているが、どう違う?
それに対するユリアーネの答えは単純。
「まずはどうぞひと口。すぐにわかると思いますよ」
コルタードは、ラテやオレを想像していると裏切られる。その衝撃を楽しんでほしい。
まぁ、そりゃそうだ、と納得してララは静かに喉を通す。と、ガツンとくる深み。
「……酸味やコクが強い……! ミルクが少ないってこと?」
より豆を感じる割合。最小限のミルクで引き立たせている。
「簡単に言ってしまえばそういうことなのですが、エスプレッソを楽しみたいけど、ほんの少しだけまろやかさが欲しい、という時には最適なんです。ラテよりもミルク量を七割ほど減らしてますから。そして重要なのは温度なんです」
詳細なユリアーネの熱弁。コルタードは常温のミルクを加える店が多い。熱さによっては風味が飛んでしまうため、このあたりは自身の好みの温度を見つけるしかない。
もうひと口飲んで確かめるララ。やはり好感触。
「たしかに。なんか苦さと甘さの中間、少し苦味寄り。好みかも。薔薇はあなたが?」
もう消えてしまったが、写真にはしっかりと残っている。あとでSNSに。
少しだけ複雑なラテアートをした理由は、ユリアーネの遊び心からきている。
「はい、ミルクを入れすぎないようにするため、もっと簡単なものにしようかと思いましたが、『ロミオとジュリエット』の名言が浮かんできてしまいまして」
表面に浮かべるフォームミルクは、量によっては当然ミルクなので甘くなりすぎてしまう。そのバランスを見極めた。
ロミオとジュリエット。シェイクスピアの代表作。薔薇の名言といえばあれしかない。ララのテンションも上がる。
「『私達が薔薇と呼ぶものは、どんな呼び方をしても同じように甘く香る』ね。ラテもコルタードも、呼び方どころか味を変えても、心が落ち着く」
店の雰囲気もあるかもしれないが、より深く自分の中まで浸透してくる。コーヒーっていいなぁ、とため息が漏れた。




