175話
もうひとりの自分。その突飛なアイディア。シシーは、勇気を出して口にしたであろうアニーの髪に触れた。
「気のせいだよ。俺はいつでもこうだ。逆になぜ、もうひとりの自分を作らなければならないのかな?」
問われたが、はっきりとした答えを持っていないアニー。なんとなく、で作る紅茶ゆえに、自分でも理解していない。ただ、本能でそう感じただけ。
「それは……わからないっス……でも、イギリスのブランド『ポートメリオン』のカップに描かれた花、なんだか知っていますか?」
それまで、紅茶とジャム、ハチミツだけに目を奪われていたが、初めてシシーは、最初のカップに描かれた花に目を落とす。美しくも、悲しき花。
「これは……ジギタリス、かな。狐の手袋、って意味だね。この花の特徴といえば——」
「毒、ですね。根にも葉にも全て毒性があります。非常に危険な植物です。花自体は綺麗なので、花壇に植える人も多いっス」
そう考えると、毒の花を飲み物の容器に描くと言うのも斬新だが、アニーはこれこそがシシーに相応しいと読み取った。もちろん、失礼なことは承知で。
だが、むしろシシーは嬉しそうにジギタリスを眺める。
「毒ねぇ、たしかに俺は聖人君子じゃない。だが毒くらい誰だってあるだろうに」
キミはどうだい? と笑顔を向ける。
向けられたアニーは、同じような表情は作れない。
「……すいません、上手く言えないんスけど……そんな気がしたんです。気を悪くしたなら、申し訳ないっス……」
すっかり落ち込んでしょげる。さすがに言い過ぎた、と反省しきりに覇気を失う。勘とはいえ、ストップするべきだった。
「いいや? そういう風に言ってくれたのはアニーさんが初めてだからね。嬉しいよ。じゃあ、こっちのレモンティーのほうは?」
シシーにとってはなにもかもが新鮮。やっと友達ができた、とでもいうように心拍数が上がってくる。もうひとつのほう、自然に生えていそうな緑の植物。の答えも欲しい。
ここまできたら全て隠さず。アニーは決断する。
「そちらも同じブランドの、花はヤハズエンドウになります」
「ヤハズエンドウ?」
聞いたことのない名前に、シシーは首を傾げた。
この先を伝えていいのか、という葛藤とアニーは戦う。だが、ユリアーネを守ると決めたことで、全貌を明らかにする。
「別名、カラスノエンドウとも言います。熟すと黒い実をつけ、国によっては花言葉があるんですが、その意味は……『小さな恋人達』」
花の力を借りて、シシーを糾弾する。もちろん、根拠なんてない。香りだけ。理由にすらならないだろう。だが、それでも。




