174話
もうひとつの小皿を見つめたアニーは、可能性を広げる。
「もしくはハチミツ……女王蜂かもしれないっス。妖しくもあり、美しくもある」
そんな気がする。この危険な香りも魅力のひとつなのかもしれない。
「……へぇ」
ロシア。女王。蜂。どれも聞き覚えのある言葉に、シシーは妙に納得した。流れに乗ってハチミツと紅茶のマリアージュも。美味しい。
「ところで、こっちのカップは? アニーさんのかな?」
机の上には、まだ手をつけていない紅茶がある。中にはレモンが浮かんでいるため、レモンティーだとはわかるが、自身はすでにロシアンティーをいただいているため、疑問となる。
すると、アニーはきっぱりと否定する。
「いえ、そちらもシシーさんのものです。どうぞ」
シシーのカップを持つ手がピタリと止まる。
「ありがたいけど、どういうこと? 俺のはロシアンティーじゃないのかい?」
「ロシアンティーですよ、そちらも」
真っ向からアニーはシシーの質問を跳ね返す。二杯の紅茶、二つの小皿で完成。それでセットである、と。
不思議な組み合わせにシシーは頭を悩ませる。
「どういう——」
しかし、言葉の途中で思い浮かんだことがひとつ。
「気づきました? さすがっスね」
解説する手間が省けてしまった。アニーは少し残念そう。
ニヤリ、と全てを理解したシシーが答えを合わせる。
「……そういうことか。レモンティーはイギリスではロシアンティー、そういうことだね?」
ロシアンティーとは、ひとつの紅茶の飲み方を表すものではない。もうひとつあるのだ。それに瞬時に気づき、そして悟った。
その歴史。仕掛けたアニーが紐解く。
「そうっス。ヴィクトリア女王の孫娘がロシアに嫁ぎ、その当時ロシアで飲まれていたレモンティーがイギリスに伝わったため、これもロシアンティーなんです」
当時のイギリスにはレモンティーという飲み方がなかったため、ロシアでは紅茶にレモンを入れるものだ、と衝撃を受けた。その時に名前がついたことに由来している。
納得し、もうひとつのロシアンティーもシシーはいただく。こちらは先ほどと違う茶葉。ロンネフェルトのゴールデンアールグレイ。ダージリンとベルガモットのフルーティーさが特徴。レモンに合う。
「なるほどね。でもなんで両方とも俺のなのかな? どういう意味になるんだい?」
二種類のロシアンティー。それが伝えたいこととは。より耳に意識を集中する。
言いづらそうに迷い、アニーは俯く。
「……今のシシーさんは表の顔、だということ。二面性、つまりもうひとり本当のシシーさんがいるってことです」




