171話
その顔にユリアーネは覚えがある。
(……この方、ララ・ロイヴェリクさん……! 雑誌などでも見かける、レズビアンを公言しているモデルの方、だったはず……)
心臓を掴まれたように一瞬、下腹部に力が入る。確認する。大丈夫、動いている。細く息を吐く。
「はい、お伺いします」
どんな方も違いを作らず、冷静に。笑顔で。しかし、指先が震える。
「この……これって今、できますか? できない時もあります、ってあるんですけど」
メニュー表を指差すララ。そこには紅茶のおまかせセット。しかしアニー専用のため、今はまさにできない時。
手元のメモ書きを止め、事情を説明するユリアーネ。
「担当の者が不在でして。その他の物でしたら……」
ふと、目が合う。吸い込まれそうなほど、神秘的に輝く翠。完璧にデザインされた人形かと錯覚するほどに、美を司っている。言葉を放つのにも緊張が走る。たしかに、カッチャが後ずさったのもわかる気がした。畏れ多すぎる。
柔く唇を噛み、残念がるララ。少し家からも離れたカフェまで来たというのに、という葛藤と、電話で聞けばよかったという後悔。と、違った喜びが生まれた。
「そっか。面白いメニューがあるって、その……友人から聞いたんだけど、また今度にします。ところで、可愛いね」
「……え?」
ニコニコと満面の笑みへ表情を変化させ、唐突に関係のない話題へチェンジするララ。ユリアーネの反応は自然なもので、まさかそんなことを言われると思わなかったので、理解するのに数秒要する。
「え、えっと……」
お客さんの中にはそういって褒めてくれる人もいる。恥ずかしいが、ありがたく受け取っていたのだが、ララ・ロイヴェリクという人物に言われると、なんだか否定しなければ、という気持ちが湧いてくる。落ち着け。
「……もしよろしければ、メニューにないものもご用意できます。味の好みだけでも」
今日はダーシャもいるため、紅茶でもなんとかなるはず。アニーまでではないかもしれないが、ある程度はカバーできる。コーヒーももちろん。
しかし、可愛い子を見ると、少しだけイジワルしたくなるのがララという人物。少し考え、悪女の笑み。
「……ならそうね……少しだけ強くなりたい、そんな日に飲みたい一杯、かな」
より抽象的に。こんな時、この子はどんな表情を見せてくれるのだろうか。楽しみ。
希望していたものと違う返答。緊張が走る。が、こんな時アニーさんなら。その顔が思い浮かんだユリアーネは、自分に憑依させた。
「……強くなりたい、ですね。かしこまりました」
全然大丈夫ですよ、と余裕を持って。




