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170話

 アニーの家から離れて行くのだが、ユリアーネの足取りは軽い。憑き物が落ちたように、自然と口角が上がる。だが、ひとりなので我慢。結果、口元がむずむずと揺れる。


(やはり私の思い違いでした。ダメですね、オーナーなのに。気をつけなければ)


 シシーと共にアニーの家に向かった時は、ずっと下を向いていた。しかし、今は視界良好。気分が前向きだと、なにをしていても楽しい。散歩する犬、ガラスを運ぶトラック、少しずつ暗くなっていく空。全てに声をかけてしまいたくなる。


(今日はなにか、いいメニューが思い浮かびそうな気がします)


『ヴァルト』に着き、着替える。もう着ないと決めたディアンドルがそこにある。でももし、アニーさんがいたら、着てもいいかもしれない。


(……浮かれすぎです。気を引き締めねば)


 こういう時はミスをする。人間はミスをする生き物だ。ならば常に、自分の行動は正しいかを吟味しなければ。ホールに出る瞬間、気持ちをリセット。咳払いをひとつ。


 と、そこにまわりを警戒しながらカッチャが接近する。


「ちょっとちょっと! ユリアーネ!」


 キョロキョロと見回し、そして店内の窓側の一角を凝視。呼吸が荒い。


 常に落ち着いて、女性店員の中でも姉のような位置に鎮座するカッチャが、ここまで取り乱しているのも珍しい。


「はい? どうされました?」


「あそこのお客さんは任せた」


 ユリアーネの両肩を持ったカッチャは、全てを託す。自分には無理だ、と。


 嫌な予感がするユリアーネ。こういう時の勘は案外鋭いと自負している。


「……なにがあったんですか?」


 一切視線を合わせようとしないため、厄介ごとを押し付けられている気しかしない。


 鼻息荒く、興奮状態を抑えつけるように深呼吸するカッチャ。少しずつ冷静さが戻ってきた。だが、ユリアーネに任せるところは曲げない。


「いいから。あたしには眩しすぎて……」


 眩しい? なにか無駄にスタッフに絡んでくる迷惑なお客様、というわけではなさそうな、そんなカッチャの言い回しに、ユリアーネはもはや自分で確かめたほうが早いと判断した。


「……わかりました」


 やることは一緒。注文を受ける。キッチンに通す。出来上がったら料理を運ぶ。それだけ。それとなく接近し、様子を窺う。


(一体、どうしたということなんでしょうか)


 興味よりも呆れが勝った状態ではあったが、いつも通りの接客を。


「ご注文は——」


 そう、言いかけたところでユリアーネは目を見開く。


 座った状態からでもわかるスタイルの良さ。八から九頭身はありそうな小顔。透き通るような翠眼。花の髪飾りが揺れる、艶のあるオレンジブラウンの髪。まるで彼女のテーブルにだけ、スポットライトが当たり始めたかのような、それほどまでに空気感が違う美しさ。

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