169話
「え!? いつなんスか!? 知りたいっス!」
予想外に食いついてきたアニーに、目を瞑ってのけ反るシシー。思い通りにならない展開に眉を寄せ、ため息を吐く。
「……少し調子が狂うね。それよりも、見てみたいんだ。キミがお店でやっているという、その人に合わせた紅茶っていうのを。ここでできるかな?」
今日の本題はこちら。なにやら危険な子だが、興味のほうが勝つ。どういう理論で、どういう紅茶をいただけるのか。
「いいっスけど、キスはいつなんですか? やっぱり雰囲気って重要ですか?」
それよりも関心のある情報に、気がそっちに集中する。いつか体験するであろうその時のために。生きた情報が欲しいアニー。
「……例えに後悔したのは初めてだ」
苦笑しながらシシーは、ちょうどいい高さのアニーの髪を撫でる。細く柔らかい猫っ毛。どうやら俺は猫に好かれるらしい。
耳に触れる指がくすぐったい。されるがままのアニーだが、紅茶ということで頭を切り替える。
「まぁ、それはおいおい聞くとして、すぐに準備します。適当に座っていてください」
ゆったりとシシーに背中を向けて、部屋の奥へ向かうアニー。トタトタ、とスリッパの子気味いい音。が、すぐ止まる。
「あ、それと」
そして振り向き様にひと言。
「触れられるのは嫌いなんですか?」
無垢な眼差し。首を少し傾げる。
「……どうしてそう思うんだい?」
シシーの全身に冷や汗が走った。ほんのコンマ数秒。美しい仮面が剥がれる。感情のない、素のシシー・リーフェンシュタールが言葉通り顔を見せた。だはすぐにまた塗り固める。
その理由を細かくアニーは説明する。
「さっき抱きついた瞬間、『恐怖』みたいな感情が香ったんですよ。カシュメランに混じって。驚きました」
まぁ人それぞれッスよねぇ、と理解を示しつつ、うんうんと頷きつつも謝罪。
それを受けてシシーに生じた感情。『面白い』。来てよかった。
「嗅ぎ分ける力か。心理ゲームに強そうだ」
それはそうとして玄関を抜けて部屋へ向かう。かなりシンプルな部屋。壁際に机とイス。そしてベッド。キッチンは隣の部屋か。左の壁の一角、窓側のところが開けており、ドアなどはなくキッチンへ行き来できる。
「使わないっスよ。勝ち負けの世界は嫌いなんで」
そう言い残し、アニーはキッチンへ。新しく手に入った茶葉。早速使ってみよう。
つられてシシーもキッチンへ。ただ座って待ってるのも悪い気がした。
「手伝うことはあるかい? カップでも出そうか?」
壁に寄りかかり、声をかける。とはいえ、買ってきた茶葉のこともよく知らないので、役に立つかはわからないが。
パッケージを開け、その芳醇な香りをアニーは嗅ぐ。幸せそうに目を瞑ると、より情報が体に浸透してくる。
「いえ、お客さんなんで、くつろいでいてほしいです。すぐできますし、出来上がったのを見てほしいので」
もう一度嗅ぐ。やはりいい茶葉はそのまま食べてしまいたいくらいにかぐわしい。
「わかった。よろしくね」
自分に合った紅茶。それを楽しみに待とう。シシーは斜陽の入るキッチンをあとにし、隣の部屋に戻った。
それを見送り、いなくなった空間を見つめてアニーはボソッとこぼす。
「うーん……本当に綺麗な方ッスけど……彼女じゃない方の香りもあるような……うん?」
考えてもわからないことはやめて、今は紅茶に集中しよう。もう決まっている。いい茶葉なのだから、それを生かすように。それでいて、あの方『らしさ』を象徴するように。冷蔵庫を開ける。
「ニヒヒ、やっぱりこいつッスねぇ」
取り出したものは二つの小瓶。今回の主役。
「それと……」
野菜をひとつ。ある意味で、これが影の主役。




