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168話

 未だ共用の廊下に立ち尽くす二人を見やり、アニーは招き入れる。


「で、なんの用っスか? とりあえず、あがります?」


 新しい紅茶も手に入ったことだし。みんなでティーパーティーしましょう。


「ありがとう。じゃあ……」


 その提案にシシーは乗るが、背後のユリアーネに話を振る。


 予定していた通り、自分の役割はここまで。なんとなく、アニーの顔を見たら悩みなど少し遠くまで行ってしまった。ユリアーネは安心して職場に向かえる。


「私はこれからお店に行きますので。ではアニーさん、また明日です」


 明日になればまた会える。そのために今日、働く。なにを呻吟していたのだろう。アニーさんはそのままの彼女だった。


 躊躇いつつ、アニーはひとつお願いをする。瞬きが増え、少し緊張。


「……今夜、ユリアーネさんの家に行きます。行っていいですか?」


 特になにか用があるわけではないけど。たぶん夜、会いたくなるだろうと予測。


 会える予定が早まったが、ユリアーネも問題はない。お腹の底のほうから嬉しさが滲んでくる。


「……はい、大丈夫です。では、のちほど。シシーさんも、失礼します」


 ニヤけてしまう前に退散しよう。いつでも冷静に。オーナーなのだから。


「うん、今日はごめんね。それとありがとう、じゃあまた」


 手を振って、窓から光が差し込む木質フローリングを、力強く歩いていくユリアーネを見送るシシー。やはり面白い子だ。さて、次に移ろう。


「で、どういうことっスか? あ、茶葉はありがたいですけど」


 笑顔は崩さず、アニーは牽制の言葉を投げかける。様々な意味を込めた一撃。


 ドアをゆっくりと閉めつつ、数瞬溜めてからシシーは振り返る。真っ直ぐにアニーを見つめる。


「なにがだい? 信用されていないね、俺も」


 なにも隠していないよ、と両手を広げるアピール。カバンを右手に持っているだけ。


 スン、と呼吸をするアニー。そこから読み取れるもの。


「嘘はボクには通じないんスよ。匂いでわかります、以前お会いした時から、嘘の匂いがするんです。なにかを隠しているような。あ、土足厳禁なんで、そこのスリッパ使ってください」


 とりあえず思いつく限り、今言えることを先に伝えておく。来客用のスリッパ。ユリアーネのものの隣に置いてある。ドイツでは基本的には土足文化なので、玄関にちゃんとした、靴を脱ぐ場所はない。なので、大体で境目を作っている。


 この家のルールに則って、初めて家に上がるのにスリッパを履くシシー。ルームシューズより暖かい。そんな感想を抱きつつ、頭ひとつぶん小さいアニーに近づいて見下ろす。


「それは当然隠すことくらいあるだろう? キミは俺のファーストキスがいつとか、そんなどうでもいいこと知りたいのかい?」

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