表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14 Glück 【フィアツェーン グリュック】  作者: じゅん
アニエルカ・スピラ
16/319

16話

 時は少し遡る。


「で、本当の目的は? オーナーはなんて?」


 アニーとビロルが出ていったバックルームにて、ため息をついた後、呆れたような表情でダーシャはユリアーネに問いかけた。


「オーナー? なんのことですか?」


 キョトンと、首を傾げてユリアーネは疑問符を浮かべる。ひとつひとつの作法が様になっている。この場にアニーがいたら、また騒いでいただろう。


 それを見て、いいからいいから、と手でダーシャは制する。


「もうバレてるって。いつものことだから。オーナーから手紙預かってるんでしょ?」


 この店のオーナーは変わり者だ。ドイツ国内に何店舗もカフェを持っているが、元々は有名なチェスの選手だったらしい。心理戦を続けてきた代償か、性格が捻じ曲がってしまった、と本人は言っていた。その証拠に、伝言の仕方に強めのクセがある。


「どこで気付きました?」


 白旗を上げ、認めるユリアーネ。彼女はアルバイト募集で来たわけではない。アニーとビロルの期待を裏切ることにはなるが、それも仕方ない。彼女の発言は大部分が嘘だった。この店のオーナーと繋がりがある。


 しかし、それを仕掛けられ慣れたダーシャからしてみれば、一目瞭然だった。不自然すぎる。


「最初から。いつも手の込んだイタズラ仕掛けて、目的はただ一枚伝言の紙渡して終わり。絶対遊んでるでしょ。しかも、中身はだいたいどうでもいいことだし。ただの挨拶だけとか」


 巻き込んでごめんね、とユリアーネを気づかう。


「仕方のない方ですね」


 言葉は冷たいが、微かにユリアーネは笑みを浮かべた。


「前回なんか、車に乗ってたら、窓コンコン叩かれて知らない人から渡されたし。おかげで違和感に敏感になりました」


 その時のことを思い返しながら、ダーシャは腕組みをした。ドッキリを仕掛けられているようで、常に気が抜けない。その緊張感が、日常に疑いの目を向け、疑う心を養ってしまった。


「そんなこともあるんですね」


 冷静な口調でユリアーネは驚く。内心が掴めない、感情のこもっていない表情をしている。


「盛り上がってた二人には悪いけど、働くわけじゃないよね? というか、ユリアーネさんはオーナーとどういう関係なの? お孫さん?」


 となると、この少女とオーナーはどういう関係なのか。それとも全然関係ない、ただの雇われか。しかし、人を驚かすためだけに人を雇うってのも、本当にタチの悪いオーナーだ、と心の中でダーシャは非難する。


 質問を受けたユリアーネは、不敵な笑みを浮かべ、カバンから一枚のA4サイズの封筒を差し出した。


「とりあえず、こちらを開けていただいてよろしいですか?」


 ダーシャは戸惑いながらもそれを受け取る。嫌な予感はする。が、どうせこの緊張している自分を予想して、どこかで楽しんでいるに違いない。そういう人だ。


 しかし、出てきたのは数枚の折り畳まれた紙。いつもより手が込んでいる。不思議に思いつつも紙を開く。


「なにこれ? えーと……物件的合意? と、やっぱり手紙」


 少しずつ、なにかヤバいことになっているような、普段と違う雰囲気が出てきた。お腹に重い緊張が下りてくる。この先を読んでいいのか、と自問自答するが、読むしか道はない。おそるおそる手紙を読む。そこには短く、


『ごめんね、負けちゃった。ほっほ』


 とだけ書いてある。


 ダーシャは首を傾げながら違う方向から読んだりもするが、どうやら暗号のようなものではない。ただ、オーナーがなにかに負けたという事実だけが明らかになった。中身くらい書いてほしい。


「? どういうこと? ていうか、口癖まで手紙に書くなっての。ねぇ?」


 と、ユリアーネにダーシャは同調を呼びかけるが、反応はない。よくない流れだ。こういう時はだいたいよくないことが起きる。空気が重い。再度ユリアーネに話しかけても、やはり反応はない。


 無音が数秒続いた後、静観していたユリアーネが口を開く。


「こちらのお店、私のものになりました」

続きが気になった方は、もしよければ、ブックマークとコメントをしていただけると、作者は喜んで小躍りします(しない時もあります)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ