16話
時は少し遡る。
「で、本当の目的は? オーナーはなんて?」
アニーとビロルが出ていったバックルームにて、ため息をついた後、呆れたような表情でダーシャはユリアーネに問いかけた。
「オーナー? なんのことですか?」
キョトンと、首を傾げてユリアーネは疑問符を浮かべる。ひとつひとつの作法が様になっている。この場にアニーがいたら、また騒いでいただろう。
それを見て、いいからいいから、と手でダーシャは制する。
「もうバレてるって。いつものことだから。オーナーから手紙預かってるんでしょ?」
この店のオーナーは変わり者だ。ドイツ国内に何店舗もカフェを持っているが、元々は有名なチェスの選手だったらしい。心理戦を続けてきた代償か、性格が捻じ曲がってしまった、と本人は言っていた。その証拠に、伝言の仕方に強めのクセがある。
「どこで気付きました?」
白旗を上げ、認めるユリアーネ。彼女はアルバイト募集で来たわけではない。アニーとビロルの期待を裏切ることにはなるが、それも仕方ない。彼女の発言は大部分が嘘だった。この店のオーナーと繋がりがある。
しかし、それを仕掛けられ慣れたダーシャからしてみれば、一目瞭然だった。不自然すぎる。
「最初から。いつも手の込んだイタズラ仕掛けて、目的はただ一枚伝言の紙渡して終わり。絶対遊んでるでしょ。しかも、中身はだいたいどうでもいいことだし。ただの挨拶だけとか」
巻き込んでごめんね、とユリアーネを気づかう。
「仕方のない方ですね」
言葉は冷たいが、微かにユリアーネは笑みを浮かべた。
「前回なんか、車に乗ってたら、窓コンコン叩かれて知らない人から渡されたし。おかげで違和感に敏感になりました」
その時のことを思い返しながら、ダーシャは腕組みをした。ドッキリを仕掛けられているようで、常に気が抜けない。その緊張感が、日常に疑いの目を向け、疑う心を養ってしまった。
「そんなこともあるんですね」
冷静な口調でユリアーネは驚く。内心が掴めない、感情のこもっていない表情をしている。
「盛り上がってた二人には悪いけど、働くわけじゃないよね? というか、ユリアーネさんはオーナーとどういう関係なの? お孫さん?」
となると、この少女とオーナーはどういう関係なのか。それとも全然関係ない、ただの雇われか。しかし、人を驚かすためだけに人を雇うってのも、本当にタチの悪いオーナーだ、と心の中でダーシャは非難する。
質問を受けたユリアーネは、不敵な笑みを浮かべ、カバンから一枚のA4サイズの封筒を差し出した。
「とりあえず、こちらを開けていただいてよろしいですか?」
ダーシャは戸惑いながらもそれを受け取る。嫌な予感はする。が、どうせこの緊張している自分を予想して、どこかで楽しんでいるに違いない。そういう人だ。
しかし、出てきたのは数枚の折り畳まれた紙。いつもより手が込んでいる。不思議に思いつつも紙を開く。
「なにこれ? えーと……物件的合意? と、やっぱり手紙」
少しずつ、なにかヤバいことになっているような、普段と違う雰囲気が出てきた。お腹に重い緊張が下りてくる。この先を読んでいいのか、と自問自答するが、読むしか道はない。おそるおそる手紙を読む。そこには短く、
『ごめんね、負けちゃった。ほっほ』
とだけ書いてある。
ダーシャは首を傾げながら違う方向から読んだりもするが、どうやら暗号のようなものではない。ただ、オーナーがなにかに負けたという事実だけが明らかになった。中身くらい書いてほしい。
「? どういうこと? ていうか、口癖まで手紙に書くなっての。ねぇ?」
と、ユリアーネにダーシャは同調を呼びかけるが、反応はない。よくない流れだ。こういう時はだいたいよくないことが起きる。空気が重い。再度ユリアーネに話しかけても、やはり反応はない。
無音が数秒続いた後、静観していたユリアーネが口を開く。
「こちらのお店、私のものになりました」
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