145話
向かう姿勢のまま止まったアニーだが、お願いすることにした。まだ紅茶で話したいこともある。
「ありがとうございます。全て店長にお任せしているので、大丈夫なはずです」
「……わかった」
このカフェ、最初は店長であるアニーがめちゃくちゃだと教えられて不安があったが、少し見学して、なにか少し違うんじゃないか、とウルスラは胸に抱き始めた。面白い、に全て振り切り、多少のミスや不都合はそれで帳消しにする。マイナスを減らすより、プラスだけ見る。
キッチンの調理台では、ちょうど大きな皿に不思議な形のクッキーが並べられているところだった。
「あの、アニーさんの頼んでいたお菓子って」
もう、持っていける状態なのだろうか。普通じゃないクッキーなら、まだここからなにかあるのかも。全てに対して良くも悪くもウルスラは疑心暗鬼になる。
スウェーデンのブランド、モンセスデザイン。シンプルで使い勝手がよく、磁器に特殊な釉薬を塗ることで、まるで陶器のような見た目になるオーバノーケルシリーズ。食べ物が最も見栄えることを心がけて作られた皿。そこにクッキーが乗る。
「あぁ、ちょうどできたところ。はい、じゃあよろしく」
と、落とさないようにダーシャは手渡す。二人ぶんで二皿、それぞれ七枚入り。クッキーを重ね合わせたような、不思議な形だ。重ね合わせた、ということは、中になにか入っていることになる。
「……ショコラーデの……クッキー?」
クッキーとクッキーの間にあるものは、暗褐色のクリームのようなもの。一見すると、クッキーということもあり、ショコラーデが思い浮かぶ。
戸惑うウルスラに、名前だけでもダーシャは伝える。
「ルスィカレイヴァ。を、アレンジした『スクラルスィカレイヴァ』ってところかな?」
「ス、スクラ?」
なにひとつわからない単語ばかり。今教えられたばかりだが、もう言うことはできないだろう。ウルスラは料理名を伝えることになったら、曖昧な口調で乗り切ろうと考えた。
あとでまた焼いて、少し持って帰ってもらおう。ダーシャは初出勤のお土産を決めた。
「ま、とりあえず持っていっちゃって。たぶん驚くから」
スクラ、つまり『ショコラーデ入り』。だが、このお菓子には罠がある。
「……とりあえず、クレームにならなきゃいいけど……」
アニーを自由にさせると、なにかしら問題が起きるのはいつものこと。だが、相手はショコラーデのプロ。その相手の土俵で勝負するということ。作ったのはダーシャなので、背筋が凍る。
「……いってきます」
なにかただならぬダーシャのマイナスのオーラを感じ、そそくさとウルスラは両手に持って運ぶ。このクッキーにいったいなにが。




