123話
かたや電話の相手が出たようで、マクシミリアンは同様にグイグイと話を推し進める。
「マティアスかい? あの子、少し借りるよ。え? あの子はあの子だよ、『ヴァルト』の元気な子」
彼女の脳裏にいるあの子。紅茶のことを聞くと、いくらでも喋るあの子。自分に一番合う紅茶とお菓子を用意してくれる。最近はあのくらいの年の子と出会う機会が度々ある。若いエキスを吸い続けたい。
「……?」
なにやら揉めているようだが、聞く限りはマクシミリアンが強引に人を借りだそうとしているような。自分のためになにかしてもらえるのは恐縮だが、クルトもなんだか気まずくなってくる。
(一体、マクシミリアンさんは誰にかけているんだ……? なにをするつもりだ……?)
気が気ではないが、どうせ聞く耳を持たないのでほっておく。オープンからの知ったお客さんではあるが、イマイチ実態が掴めない。
続けてマクシミリアンはラッシュを仕掛けていく。
「減るもんじゃないんだし、いいだろ。シフトが減る? あんたが出りゃいい。じゃあね」
なにか抵抗していたような気もするが、電話なんて切ったもん勝ち。勝率は九割九分。今後も負けるつもりはない。
「マクシミリアンさん、紅茶に詳しい人物とのことですが、すでにティーショコラを試作するにあたって、専門家と打ち合わせはもちろんやってますよ。それでできたのがこちらですから」
と、再度クルトは紹介し、自身もひとつ食べてみる。自分で言うのもなんだが、美味しい。オレガノとシナモンの香りが鼻に抜け、清涼感さえ感じる。四種類あるうちでも、特に人気のある種類だ。
今回はシンプルにアールグレイなどを掛け合わせたもの以外にも、甘さ控えめでつい手に取ってしまう大人の味わいなど、コンセプトに分けて作っている。ライトグレイッシュの淡い色合いの箱、価格も抑えめにし、普段の生活に彩りを加えるように。
「だが、まだやれることはある。まぁ一生あるけどね。騙されたと思って一度会ってみな」
ヒヒッ、と魔女のように笑い、M.O.Fを連れて人の店の店員を拉致する悪魔の計画を、マクシミリアンは発案した。当事者の『あの子』はなにも知らされていないが、まぁ紅茶のことと知ったら喜んで飛びつくだろう。
だが、当然クルトは懐疑的だ。
「……」
無言で不安を表現する。そもそもが別に困ってはいないのに。ティーテイスター、正式にはそんな職業はないのだが、イギリスが誇る老舗紅茶商で長年の経験がある人物との共同開発になるわけだ。それを反故にするように捉えられたら、そこともう仕事はできないかもしれない。
パンパンに気の張ったクルトの空気感。穴でも空けてガス抜きしてやろうとマクシミリアンは画策。
「なんだったら行ってみるかい? 面白いものが見れるよ。固く考えない、偵察偵察」
美味しい北欧のお菓子もついでに、と想像して涎が溢れる。小麦粉が好きだ。
偵察、というわりにはショコラトリーではなくカフェ。共通する部分も多いが、果たして収穫はあるのだろうか、とクルトは悩ましい。
「気は進みませんが……」
オススメされた手前、無下に断るのも悪いので、曖昧に返事をする。まぁ、ショコラーデ以外のお菓子、マカロンやオレンジケーキなどで参考になるものがあれば儲けものだ、と浅く期待し、後日、向かうことを約束した。




