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118話

 同時刻。ケーニギンクローネ女学院、職員室。


 ドイツにおいて、職員室に教師は、自分専用の席というものはない。専用のロッカーはあるが、たくさんの長机とイスがあり、自由に座り、自由な席で仕事をこなす。


「来てくれてありがとう。すぐ終わるわ」


 イスに座り、この道三〇年のベテラン教師、エルガ・ティラーは事務仕事をこなしながら、傍らに起立する少女に声をかける。


「いえ、大丈夫です。お話とは?」


 答えたのはユリアーネ・クロイツァー。一〇年生である彼女の成績は極めて優秀。授業の節目節目で不定期に行われるテストでは、常に満点に近い。大人しい性格ではあるが、自分の考えもしっかり持ち、精神力も強い。


「もうひとり来るから。少し待っててもらえる? ごめんなさいね」


 テキパキと手元の仕事をこなしつつ、ユリアーネを気遣いをしながら、エルガはコーヒーを飲む。作り置きのブラックコーヒー。昔はもっと雑味があったのに、最近の機械はすごいわね、内心で技術の進歩を褒め称える。


 コーヒーを飲んでいる人を見かけると、仕事にしているユリアーネは少し反応してしまう。「いえ、お気になさらず」と返しつつも、香りから、豆の焙煎具合や種類を探る。さすがにわからない。アニーさんなら、と暇なので考えてしまう。


 ガチャリ、と職員室のドアが開く。可憐な花を思わせる風貌の人物が、コツコツ、と音を立て近づく。そしてユリアーネの横に並び立った。


「すみません、遅くなりました」


「——!」


 凛とした佇まい、透き通る声。そして美しく見惚れてしまう横顔。ユリアーネは一瞬、体が強張る。


(シシー・リーフェンシュタールさん……? 私達、ってことですか?)


 目を丸くして凝視していると、その視線に気づきシシーは「やぁ」と軽く声をかけてきた。


 そのままシシーはエルガに向き直る。


「それで、どういったご用件ですか?」


「ええ、まぁ簡単に言えば」


 と、さらにひと口コーヒーを啜ったエルガが、体ごと二人に向けた。


「フランス、パリへの留学。そこに推そうと思って」


「パリ、ですか?」


 ユリアーネが先に確認の声を上げる。パリ、というとモンフェルナ学園。そこへ、ということ。緊張が走る。


「そう。GPA、はわかるわよね? いわゆる成績の平均値。あなた達二人は、充分に達していると判断しました。まぁ、行くか行かないかは選択だから。じっくり考えてみて」


 エルガは二人を見上げながら説明をした。


 グレード・ポイント・アベレージ。欧米では基本となる、学校成績の評価。国によって違いはあり、アメリカなどは数字が高ければ高いほど、ドイツでは低ければ低いほど優秀となる。


 エルガは続ける。


「成績優秀な一〇年生と一一年生からひとりずつ。向こうも同じく。まぁ、向こうは一〇年生とかとは言わないけれども。どう?」

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