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110話

 とはいえ、ここはテオがいるからこそ成り立っている店。


「そしたら、こっちの店が休みになっちゃうでしょ」


 ダーシャが鋭くツッコむと、


「そりゃそーか」


 と、テオも苦笑する。新しい責任者を雇えれば、色々余裕もできるかもしれない。


「テオ」


 ヴァルトから持ってきた服などをカバンから出しながら、目線を合わせずにダーシャは声をかける。


 咄嗟に「ん?」と、テオは反応した。


「おめでと」


 ダーシャはそれだけ伝え、ドアを開けて通路からバックヤードへ。急いで着替えて入らなくては。


 とりあえず、肉を焼いて盛り付けをしよう。そしたら交代だ。テオは最後の仕事をこなしつつ、


「……ありがとう」


 と、小さく呟いた。


 †


 時刻は一五時。アニーとユリアーネは残り一時間ほど。テオは常連客達に囲まれ、どんちゃん騒ぎをしている。ダーシャもある程度店のことはわかるため、料理や酒の提供も滞りなく営業している。


 少し落ち着いてきたこともあり、ユリアーネは二階の清掃や本の整理など、食事以外のことも進めることにした。そして外に一度出ると、店の前で立ち止まり、引き返して行く女性を見かけた。背後から声をかける。


「……パウラさん、ですね。どうぞ」


 ユリアーネが想定していた通りの、少しふくよかになりつつある風采。低い踵の靴。迷いながらも、店を覗いていたこと。それらが全てカチリとハマる。


 少し驚きながら、パウラと呼ばれた女性は振り返る。


「あ、いや、ごめんなさい。よくわかりましたね。昨日今日とごめんなさい。少し体調がよくなったから、来てみたんだけど……なんか入りづらくて」


 その慌てふためく姿を制しつつ、ユリアーネは中へ促す。


「きっと、みなさん待ってますよ。とはいえ、静かな席にご案内します。カウンターで」


 大騒ぎしたいのは国民性だが、そこは控える。ゆったりと大好きな店で過ごす時間。パウラは首を縦に振った。


「……ありがとう、ございます」


 そして足元に気を付けつつ入店すると、それを見つけた常連客の男性達が呼びかける。


「パウラ! 大丈夫か、こっちこっち!」


 しかし、事情がわかっている周りの人間達がそれを制する。


「いやいや、静かな席にしてあげましょうよ。だって、ねぇ?」


 そう言われると、たしかに、と男性達も静かに頷く。無理はさせられない。


「……うん、まぁ、そうか。まぁいい、好きなもの頼みな!」


 と、パウラにご馳走をする。こういう時に使うお金は惜しくない。村全体で娘のようなもの。

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