107話
不思議に思い、アニーはひとり席で読書をするユリアーネに声をかけた。
「ユリアーネさん、なんかコーヒーに注文がついてきます」
何度も首を傾げ、目を細める。納得いかない、というより、脳の処理が追いつかない。
本を閉じ、コーヒーをひと口。たっぷりと間を置き、ユリアーネは予見した。
「なんとなく予想がつきます。おそらく『カフェインレス』もしくは『デカフェ』のようなことを言われたんでしょう」
視線を合わせて、アニーへ適否を伺う。読み通りであればそうするだろ。ここのみなさんは家族のようなものだから。
全くその通りで、アニーは目をぱちくりさせる。
「……ええ、その通りっス。もう、なんなんですか一体」
とはいえ、ユリアーネ達に正解を聞くのはやめることにした。自分でたどり着く。少しムキになってきていた。
「むしろ、ここまでやって気づかないアニーさんにも驚きです……」
だが、そんなところも『らしい』な、とユリアーネは肯定的に捉えてみた。だから少し悲観的な自分と合うのか、それはわからないけど。
「というか、本当に混んできましたね。もうお酒飲んじゃってる人もいますし」
一階が満席まではいかないが、お昼が近づくにつれどんどんと客席が埋まる。慣れない店で焦るアニーだが、イスから立ち上がってユリアーネが荷物をまとめる。
「そろそろ私も手伝いますよ。私はヴァルトの制服で——」
「ぬふふ」
アニーは『ディアンドル』という視線を送る。
冷や汗をかきながら、じっとりと見つめられるユリアーネは否定した。
「……いや、いいです。私は手伝いですから。アニーさんとは違います」
あんなにヒラヒラしたものは、少し恥ずかしいし、自分には似合わない。見られるのはもっと恥ずかしい。
しかし、そこへタイミングよくテオが登場する。
「いや、正式に頼むよ。ダーシャには俺から言っておくから。よろしくお願いします。服は、アニーちゃんが選んでくれたものでいい?」
ニコッとテオとアニーが詰め寄る。
「……いや、私は持ってきてますし——」
「いいからいいから。早く行きましょう。混んでるんですから」
キッチンもホールも、このままいくとてんてこ舞いになる。ユリアーネは自分の意思でここに来ていることもあって、諦めることにした。
余談だが、ドイツではドリンクはともかく、料理の提供が非常に遅いことが多い。しかし、そもそもが会話を楽しむために来店している人がほとんどであることと、そういう国と本人達も割り切っている。
二人は急いでバックヤードへ。一分一秒が惜しくなってくる。




