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過ぎ去る妖精に生けた足を餞に  作者: はしかわ 月
1/19

1.約束された関係



ハワンとは……

人間が恋愛をした時、訪れる妖精。

夢や希望に関するお互いの価値観が合わなくなった時、最初に2人が出会った場所で妖精が目に見える形で現れる。



妖精

妖精は様々に変化する。時に人間の姿になって、双方の子供になる時もある。肉体関係を結ばずに子供となった妖精を追い抜きの人と呼ぶのだ。

誕生した妖精をペットとして飼う人たちも多数存在する。だが、大半は殺してしまう。

子供となった妖精はもう変身できない。ずっとそのままの姿である。



成仏

葛藤により生じた妖精は、両者の考え方の一致によって消滅する。すなわち、ズレがなくなった時、自然にいなくなってしまうのだ。



 西川は右手で教科書を握り、左手でペンをたてていた。



「今日約束の日だから」



 西川は、複雑な顔を教科書にぶつけた。



「約束の日ってたって夜の話だろう」

「まあ、そうだけど……」

 


僕は窓の外を見た。夕暮れは上空から暗い闇を突き落とす。



「気負い過ぎるな、冷静にな」



 彼女は再び朗読を始める。教科書通りに文を読んだ。



「その調子だ。そんな感じでいくんだ」

 


西川は朗読を止め、教科書を閉じてしまう。



「やっぱりこんな読み方じゃ伝わらない。もっと難しいこと読まなきゃいけないのに。台本だってほら……」

 


 西川はポケットから小さな紙を出し、それを僕の前に差し出した。


 将来の夢、希望の種。


 冒頭はそんな文句から始まっている。



「タイトルはありきたりだな。問題は中身だよ」



西川は鞄に全てをしまい、椅子から立ち上がる。



「私もう行くよ。コンビニの隣にあるビルとビルの間の細道。そこで君がくるの待ってるから。必ず約束の時間には来てよ」

「分かってるさ」



 彼女は教室を出ていった。おそらく廊下を駆けていったのだろう。足音が遠くに散らばっていく。



「俺は家で準備してくる」



 教室は静まり返り、生徒はもういない。放課後の余韻は夕日の担い手だ。



 僕は家に帰り、自分の部屋へ行って、窓を開けた。

 雲はうっすらと闇の道を浮き彫りにする。

 微妙な晴れは、これから起こる全ての出来事を歓迎するつもりはないらしい、つまり景色は味方していないということだ。

 部屋の電気をつけて机に座わり、西川のことを考える。ハワンに挨拶する彼女はどんな態度を示すのだろう。残念がるだろうか、喜ぶだろうか、悲しむだろうか、悔しがるだろうか。この案は何にしても西川が提案したことなのだ。彼女は強く運命を受け止めなければ。もちろん自分にも責任はあるのだが。

 胸に拳を突きつける。

 リュックを背負った。

 鳥籠が入っている分、少し重い。

 成宮駅はあいも変わらず混んでいる。

 電車に乗るまで数多くの人を蹴散らさなければならなかった。

 バッグを網へやり、椅子に対して腰を下ろす。

 約束の場所は2つ先、浜坂駅最寄りだ。

 今アナウンスは、甲崎駅を告げた。

 途中の駅で電車が止まり、しばらくして動き出す。

 アナウンスは浜坂駅を告げた。

 席から立ち上がり、バッグを回収した後ドアまで移動する。電車が停車したため、開閉扉に立ちむかわなくてはならない。やがて開くドアに挑戦するのだ。

 電車を降り、駅を歩いていると柱の横に女が立っていた



「お前こんなところで何してんだ」



 西川は帽子を取って、顔を下に向けた。

 その後、急に顔を合せ、目の端に通した水分を腕で掬い取る。

 彼女は泣いていたのだ。



「どうした、西川」



 西川は両方で結ばれた金髪を揺らした。

 涙が飛び散り、あたり一面に水滴をもたらした。



「ごめん、私やっぱり行けないかも。3年前に約束して、今日まで頑張ってきた。でもやっぱり努力が足りなかったかも。だって、私何も掴んでいないもん。いつまでもチャラチャラして、人に甘えてばっかりだし」

「お前、そんなに自分を卑下していたのか。だがな、卑下したいのは俺の方さ。俺なんか何もできないんだよ。本当はお前の代わりにハワンを引き取って、育てたいさ。でも俺にはできない。何も持っていないからさ。だから、俺はお前のことがずっと羨ましかった」



 僕は西川を抱きしめて、涙を拭き取ってやった。



「一緒に行こう。俺たちの責任を果たすんだ。お前に任せきりで何もしてこなかった。だから今度は頑張る」

 


 2人はやっと歩き始めた。

 改札をくぐり、街並みを後に引きながら夜のネオンを暗闇に導く。

 コンビニエンスストアの看板が前方に鈍く光っているのが見える。

 もう間も無く目的地だ。

 一つ目のビル前を通り過ぎた。

 端で立ち止まる。

 路地裏はいつものように真っ暗だ。ましてや街灯の光が一滴も届いていないから尚更暗い。



「行くぞ、西川」「うん」



 僕たちは道に侵入した。

 しばらく歩けば行き止まりに差し掛かるはずだ。

 しかし、今日はとてつもなく長い道のりに感じた。

 なかなか端に辿り着かない……



「ハワン。どこだ。」



 僕は叫んだ。



「ハワンどこ?」



 西川も叫ぶ。

 すると、前方の闇にかすかに動く生命体を確認した。



「ハワン」



 僕は走って近寄る。

 ハワンは暗闇からこっちを覗いていた。

 どうやら鳥類のフォルムである。



「ハワンすまない、遅れちまった。俺もきたよ。やっぱり俺たち3人の問題だからな。決心してきた。もう西川ばかりに頼らない」



 ハワンは、首を縦に振った。

 嘴は桃色、全身の毛は白で、脚はピンク、スズメほどの大きさしかない。



「すまない。こんなに小さくしちまって。

行こう、とにかく。見つかったらまずい」



 僕はハワンを持ってきた鳥小屋にいれた。そして西川の手を引いて、路地を後にした。



「ちょっと、まだ朗読が」



 公園のベンチ、そこまで走り続けてきたのだ。



「時間がなかった。見つかりそうだったからな。東原がついてきていた。尾行されていたようだ。駅でお前の後ろの柱に隠れていたんだ」

「どうしよう」

「まあとにかく今日は俺の家に泊まれ」

「親は?」

「今日は帰ってこないだろう」



 夜遅く、自分の家に到着する。西川はハワンの籠を持っていた。



「それ、ここに置いてくれ」



 僕はベッドの下を指差しながら、苛立たしげに命令した。



「分かった」



 カーテンを閉め、外の視界を遮断した。



「まあ、くつろいでくれよ」



 西川は床に置かれたハワンの籠を眺め回しながら、空想に耽っているようだった。



「そいつ文鳥に似ているな」

 


 西川の隣に座った。



「色合いがね」



 西川の髪は汗で塊になっている。染め直しが必要な金髪を雫がさらに台無しにしている。



「私お風呂入ってきていい?」



 西川は髪の数本を指でまとめた。



「いいよ。今沸かしてくるよ」



 二階から一階に降りて、お風呂の自動ボタンを押しにいった。

 部屋に戻ると西川は鳥籠に指を入れ、ハワンを自分の方に引き寄せようとしていた。



「びっくりしちゃうだろ」



僕はまた座る。



「この子。これからどうするの?」



 僕は西川の顔を覗き込み、瞳をこちらに誘った。



「やっぱりこいつを消してしまうのは可哀想だと思う」

「それじゃあ、このまま置いておくつもり?」

「いや、俺の家だと親にバレる。親は妖精に対しての理解がない。兄弟も追い抜きの人ではないから。うちの両親の価値観にブレはなかったそうだし。仮にあったとしても、殺してしまったのかもしれないしな」

「物理的に殺すことだって可能だよ。でも、それは流石にかわいそうでしょう」

「当然だ」



 僕は腕を組んだ。どうしたら良いのか見当がつかない、ただ悩み続けるしかないのだ。



「妖精は他人が近づくと自動的にポケットに入る」



 西川は鞄からタオルを取り出し、頭に被せた。



「まあ、ゲージだけ退かせばバレないだろうけど。ポケットは絶対に見つからないし」

僕は遠くでなるかすかな音を聞いた。お風呂が沸いたようだ。

「やっぱり今日のところは、風呂入って帰れ。親は帰ってこないだろうが、一応お前がいたら説明が面倒になるからな。明日以降具体的な対策を練ろう」



 西川は立ち上がると、ベッドの上にある枕をとり深く抱きしめた。



「だからちゃんと講習受けとけばよかったのよ。私もあなたも危機管理能力がなさ過ぎた」



 心臓に圧力がかかる感じがした。おそらく怒りの片鱗が湧き起こったのだろう。



「今更そんなこと言っても。妖精を発生させない努力をするよりも、発生してから対処する術を考える方が重要だろう。周りもみんなそうしているのさ。同級生にだって、隠している奴は大勢いるはずだし。施設に送って殺してしもらう奴だっているしな。俺はそんな卑怯者大っ嫌いだけど」



 西川は袖口から出した小さな手で涙を拭き取った。



「私自身どうしたらいいかわからないの」



僕はベッドの端を強く握りつぶす。価値観の違い、つまり双方の葛藤は西川が生み出したものだ。非は全て彼女にある。なのに、子供のように駄々をこねる根性が気に入らないのだ。

「どうしらいいかわからないのはみんな同じだ。みんな答えを探しているんだよ。それをガヤガヤと騒ぎ立てるな」



 西川は口もとを手で抑えた。



「悪いのは私なのは分かってる。でも、仕方がなかったの」



 西川は部屋を飛び出した。僕はカーテンを開けて、窓の外を見た。部屋から玄関前を見下ろせる。しかし、西川は一向にそこを通らない。

 僕は階段を降りて、玄関に行った。

 靴を履いて、取手に手をかける。



「あなた、こんなことして後悔しないの?」



 母親の声が聞こえた。

 帰ってきているのか……



「おばさんには関係ないでしょう」



 西川の声も聞こえる。

どうやら押し問答をしているようだ。



「あなたまさか、妖精を生み出したりしていないでしょうね」



 母親の声にゆとりはない。



「息子君と? そんなわけないじゃないですか。

私は彼とそんな仲じゃありませんから」



 西川は憎悪に満ちている。



「私はね、後悔するようなことはしない方がいいって忠告しているの。あの子とあなたは関わるべきではない。この家にもう二度と入らないで」

「分かりました。もう二度と家には来ません。

すみませんでした」



 静寂が立ち込める。西川は帰ってしまったようだ。

 僕はすぐさま靴を脱ぎ、玄関を上がった。

 階段を駆け上り、部屋に引きこもる。

 ドアの開閉音が聞こえた。母親が帰ってきた。

 母さんと話がしたくなかった。

 今日は引きこもりを全うしようと思った。

 そのままベッドに寝転がり、眠気を呼び起こす。

 頭がぼんやりする中、考え事をした。

 僕とハワンは約束された関係なのかもしれない。もともと知り合うべきして知り合った、運命共同体。

 西川は確かに泣いていた。だが、悲しみの隙間に喜びを感じた。彼女は何かを称賛していたのだ。根拠なき予感、ただ傷ついて泣いていただけかもしれない。でも僕の中の予感はそう告げていない。西川はなんらかの理由でわざと双方の葛藤を生み出した。

 僕は彼女と話して、そんな予想を立てたのだ。

やがて考えは分散する。本格的な睡魔が押し寄せたのだ。横にあるゲージをベッドの下に入れる。そして、目を閉じてしばらくしてから安息の空間に体が吸い寄せられるのを感じた。


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