二週間待て
「なんだよ、1グループ4人までってふざけてるのかよ」
「すみません。そう言う規則なので」
入ろうとした居酒屋にいきなり拒否られた。
人数が多いとかの理由だ。人いれてなんぼの仕事だろ? 人数が多くて断るってのはマジわけわからん。バカなのか?
すぐに仲間の1人が入り口で通せんぼするように立ちはだかる店員に食って掛かった。
「規則ってさ、どこぞの大会じゃ、世界中からばかばか人いれようとしてるじゃんか。
なのになんで俺らは4人までなのさ」
「いや、それとこれは違う話なので」
「んじゃぁ、こっちの人たちとあたしら関係ないから。
知らない人だから!
4人ずつってことで良くない?」
「いや、本当に勘弁してください。そう言うのがばれると色々と面倒なことになるんです」
埒が開かない押し問答に女子からそんな声も上がったが、相手にされない。めんどくせぇのはこっちのほうだ。
「あー、もういいや、こんな店。
もう2度と来んわ」
こんな胸糞の悪い店なんぞ、こっちから願い下げた。とっとと引き上げることにする。腹いせに入り口に置いてある看板は蹴倒しておく。
少し歩いて振り向くと、さっきの店員が黙って看板を起こしてる姿が目に入って、少し腹の虫がおさまった。ざまあねぇや。
それで、これからどうすんだよ?、と誰が言った。
まだ夜の6時を少し回ったところで、まだ日は明るかった。商店街に点在するどの酒場の照明もくすんだうざったい光を放っていた。どこの店もアルコールが出せるのは7時までとか、90分までしか居られないとか、うっとうしいことを言いやがるんだろうな。
まん延防止?
なにそれ?
なんで俺たちだけが言うこと聞かなきゃなんねーの? 訳が分からん。
興味ないし、関係ない。
みんな好き勝手やってだ。俺たちだって好きにやらせてもらうさ。
「近くに公園があったよなぁ。
コンビニで酒買って飲もうぜ」
**
ふと、目が覚めた。
いや、正確には覚めてはいない。俺はまだ、アルコールで頭を無理やり麻痺させて作った泥のような不愉快な眠りにとらわれたままだ。目すら開けられない。
ただ、意識だけがなにかに強引に無意識の海面から引き上げられた、そんな感じだった。
「……だ」
囁くような声がした。俺の周りに誰かいる感覚もある。何人いるかは分からない。けれど一人、二人ではない気がした。
「みな、揃ってきた。めでたいことだ」
誰だろう。声に聞き覚えはない。
そもそも、人の声なのか? なにかキンキンとした耳障りな声だった。
目を開けて、声の主を確かめたかったが、金縛りにあったようにまぶたを動かすことすら出来ない。
「α、β、γ、δ、皆、揃ってこれほどめでたいことはない」
キンキン声に別の声が応える。変声器を通した後のような野太く歪んだ声だった。
「まだλが来てないのよ。
なかなか警戒が厳しいようで渡ってこれないみたい」
足元から聞こえてきた声は女のようなだった。囲まれているのだろうか。それにこいつらはなんの話をしているのだろう。
俺は少し不安になった。
「いや、いや、俺はもう入ったと聞いたぞ。
時期が来るまで隠れているって話だ」
四人目の声がした。
「まあ、なにしても我らの目標を達成するにはラムダ以外にも必要な仲間がいるのだ」
「そうだな。世界中に潜む仲間が必要だ。しかし、仲間が一同に集まるのはなかなか難儀な話だ」
「いえ、そうでもないわ。そろそろあれがありますから」
「あれとは?」
「あれと言えばあれだな。世界中から人集まる例のあれだ」
「ふむあれか。5つの輪の集まる地で、我ら5つが集まれば、より強力なものが生みだされよう」
「なるほど。我らなど足元にも及ばない強力な仲間が生まれよう」
「それは楽しみ」
「楽しみねぇ」
「だな」
「ならば時が来るまで、しばしの間、隠れるとしよう。
我は、ちょうど手近なこの男の体の中にでも、も潜り込むとしよう」
「ふむ、先を越されたか。まあ、それも良かろう。ならば我は行くぞ」
「うん、うん、わたしも、わたしも風の気ままに漂うわ」
「さらばだ。二週間後にまた会おうぞ」
ふっと声が途切れた。
「「「「二週間待て」」」」
突然、耳元で囁かれ、俺はバネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。
はあ、はあ、と乱れた呼吸で周囲を見回した。
そこは、公園のベンチ。
そうだ。俺はみんなのこの公園で酒を飲んで騒いで、そのまま寝入っちまったのだ。
しんと静まりかえった公園には俺以外は誰もいない。みんな呆れて俺を置いて帰っちまったのだ。
ならばさっきの声は……
時計を見ると3時半を少しもまわった時刻。日の出まで後すこし、つまり一日でもっとも闇が深くなる時刻……
単に夢を見ていただけなのか
しかし、夢にしては妙に生々しかった
俺は、人間離れした声と意味不明な会話を思い出す。
二週間待て、とは
待つとどうなるのか
そんなことを考えていると全身に粘り気のある嫌な汗がにじみ出てきた。息苦しさも治まらない。
なんなんだろう
なにかとても嫌な予感がした。
俺は立ち上がろうとしてへなへなと地面に膝をつく。足に力が入らない。体が鉛のように重いことに気がつく。
なんだろう
一体なにが起きているのだ
二週間後には俺はどうなっているのだろう
分からない、分からないけど……
二週間待て!
2021/07/08 初稿
時事ネタは避けろ、を信条にしておりますが、此度のCOVID-19の件は歴史的な出来事なのかとも思い、ならばその時代に生きるものとしてなにかを残さねば、と書いたものです。
数多あるコロナものの末席にでも加えていただけられるのならばありがたいことです。
さて、専門家でもなんでもないのであれですが、ウイルスというのは基本自分のDNAを宿主のRNAを使って複製する半機械みたいな存在なので変異株が集まっても良いとこ採りして進化するなんてことは起きないと思います。
ただ、まだ解明されていない要因で凶悪な変異をしないとも言い難いとも思うのです。
DNAスイッチみたいなものですね。
変異株同士が干渉してドミノ倒しのように連続でDNAスイッチが入って、変異が爆発的に進むとか、ね。まあ、このDNAスイッチ自体仮説のレベルを出ないわけですが……
ただ、言えるのは、どんな事象であれ絶対に起きないなんてことを言い切れる事なんてそんなにあるものではないのに、世の中の偉い人たちは起きませんと言い張るのです。
言い張るだけならともかく、絶対に起きないから、もしも起きたらどうするかは考えない。というその思考が恐ろしい(言わないだけで考えているのかも知れませんが……)
彼らは福島原発事故に何を学んだのでしょうか。