9 まおう
「えええええええええ!!!?」
と俺たちは驚いた。
いや、厳密に言うとシーナはちょっとピクッとしただけで、俺とタロとアレンが驚いて声を上げると、魔王を名乗った女の子は、なおさら不服そうにした。
「何が「えええええ」じゃ! 余は魔王、貴様らごときが容易に近付ける者ではないぞ!」
びしーっとこっちに指をさして怒っているが、何も怖くない。
魔王? このロリが? うそでしょ?
「そう、余は魔王なんじゃ。全ての魔物を束ね、世界を恐怖に陥れる魔王。……それなのに、それなのに、なんじゃ! 昨日、いきなり力が失われたかと思えば、こんな……こんな姿になって、城まで吹き飛ばされ、下僕どももいなくなって……あげくの果てには人間ごときに軽々しく抱えられて――!」
女の子は自分の手を見つめながら、ぼろぼろ涙をこぼし始めた。
直前までキレてたのに、今はもう泣いている。
え、これ、ほんとにただの子供じゃないの?
「……って言ってますけど、どう思います?」
アレンが問いかけてきた。
タロが言った。
「親御さんを探して、帰してあげよう」
その言葉を聞くや否や女の子は怒鳴った。
「だから魔王じゃ、と言うとるじゃろうがあーー!」
涙ぐんで肩を震わせてる。
すごい、本気だ。
その気合いを俺は嘘だと思えなかった。
「これだけ言ってるんだし、本当なんじゃね? ツノ生えてるし」
そう言うとアレンは、
「うーん、でもなぁ……」
と首をひねった。
俺はさらに続けた。
「だって、魔王城にいたじゃん。信じてあげてもいいんじゃないかな。ツノ生えてるし」
「でもよー、どう見ても子供だぜ? おいら心配だなぁ、怖くておかしくなっちまったんじゃねえかな」
とタロは憐れむような目つきをした。
「でも態度が子供っぽくない気がするんだよ。ツノ生えてるし」
「あたしには、迷子が泣いてるようにしか見えん」
と、今度はシーナが冷たく言い放った。
そんなやり取りを聞いて魔王と思しき女の子は、わなわなし始めた。
「どこまでもバカにしおって……! 余がこんな姿なのをいい事に……ん?」
何かに気付いた様子でアレンを見上げる。
アレンもきょとんとして見返す。
しばらく、じーっとお互い見つめ合うと、
「あーっ!」
と、女の子が叫んだ。
「貴様、ひょっとして伝説の勇者かっ!!?」
「ん? そうだよ?」
その言葉を聞いて女の子は、ばっ、と後退った。
「やはりそうだったか!! 貴様が勇者アレン……本来の姿を失ったといえど人間ごときにやられる余ではないっ! まばたきの間に、灰燼に帰してやるわ!! 覚悟せい!!!」
全員が、はっと身構えた。
確かにその瞬間、女の子の気迫が高まり強大な力を感じた。
――来る。
アレンが剣を抜くか、と思う刹那、女の子はアレンの懐に入り、
「やあーっ」
と言ってお腹のあたりをポコポコし始めた。
「やあー、しねー勇者めー」
しかし勇者は死なず、困った顔をしてずっとポコポコされてるだけだった。
やがてアレンはこっちを向いて、
(これどうしたらいいんですか?)
みたいな顔をした。
「どかせばいいだろ」
シーナが言うと、アレンは女の子の肩をつかんで引き離した。
女の子はコロッと転んだ。
「あっ、ごめん」
とっさにアレンが言うと女の子はすぐに立ち上がり、
「何がごめんじゃー! ばかにしおってえええええ」
そして、ポコポコを再開した。
しばらくしてまた、アレンは女の子をどかした。
女の子はまた転んだ。
そして立ち上がり、ポコポコし始めた。
これが何回か繰り返され、俺とタロとシーナは見守る事しか出来なかった。
何度目かに転んだ時、女の子の目に涙がにじみ出した。
「余は、余は魔王なんじゃ! ヴァルム様に命じられ、この世を闇に葬るため地獄で生きる、魔王なんじゃ! それが……それがこんなところで……こんなところでえええええっ!!」
魔王を自称する女の子は、うわーん、と、アレンの胸元にすがって泣き始めてしまった。
なんか、かわいそう。
アレンはどうするか迷っていたようだが、女の子の肩に優しく手をかけると、頭をなでてやった。
すると女の子は安心したのか、ぐすぐす、と泣き止んできた。
いや、これのどこが魔王なんだよ。