5 強い
終わりじゃん。
と俺はまず思った。
こんなん終わりのやつじゃん。
山のようにでかいそれは、黒や紫でまだらになった肉塊で形成されており、訳の分からない器官や筋肉がいびつに組み合わされている。
頭部はあらゆる野獣を無理やりキメラ化した、みたいな恐ろしい形相で、口は恐竜っぽい感じで、牙がランダムに並んでいた。
それが、三体。
さっきおじいさんが「全てを無に帰す伝説の怪物」って言ってたけど、分かる。
これ一体で全てが無に帰るわ。
あ、これ無理じゃね。
これどんなに三人が強くても無理じゃね?
村は絶望した。
俺も絶望した。
村と俺は絶望して、もう終わりだと思った。
三体の内、真ん中にいた怪物が、
ぐわあああああああああああああああああああああああああ!!!
と、音なのか何なのか分からないぐらいの凄まじい咆哮を放ち、俺の体はびりびり震えた。
もはや恐怖すら感じなかった。
あとは体が消し炭にされるのを待つだけ、といった心持ちでいると、
「あたし右のやつやる」
と言ってシーナが、すっ、と前に出た。
「じゃおいらは左!」
タロが張り切ると、アレンが背中に提げていた剣を、すら、と抜いた。
「それなら僕は」
きっ、と怪物をにらむ。
「真ん中をやりますよ!」
アレンが叫んだ途端、三者三様に怪物へ飛び掛かっていった。
シーナは、みるみる内に怪物の足下から飛ぶようにして頭部まで到達し、ぽーんとジャンプすると、怪物が繰り出す腕の攻撃を回転して避け、二丁の拳銃を向けた。
拳銃から、雷光のようなエネルギーが何発か放たれた。
直後、怪物の頭部は水の入れ過ぎた水風船みたいに破裂、ついでに胴体も爆発して崩れた。
えっ。
「破陣の構えっっっ!」
タロは、ばさっと着物の裾を払うと拳法家のような構えを見せた。
周りに魔法陣のようなものが浮かび上がり、タロの周囲に怪しい空間が満ちていく。
「はアッッッ!!」
と、一息気合を入れると、その空間から、猛烈な勢いで光の柱が怪物へ発射された。
次の瞬間、怪物は足首から上が無くなっていた。
アレンは「だああああああっ!!!!」と走っていき、怪物の股下まで来ると上に向かって突くようなポーズをした。
剣から火柱が上がり、巨大な怪物は二つに割れた。
こうして伝説の怪物ゴルデオラ三体は倒された。
わずか2分以内の出来事であった。
おじいさんは、
「えっ」
と言った。
俺も「えっ」と言い、他の村人からも「えっ」という声がいくつか上がった。
三人は砂塵が舞う中、普通に歩いてこちらへ戻って来た。
「おじいさん、もう大丈夫ですよ」
アレンが微笑む。
「あ、はい」
と、おじいさんは普通の顔で言った。
「なーなー、あれがひょっとして、魔王城ってやつか?」
タロが指差す方向に、おどろおどろしい城のそびえているのが見える。
「え、あ、はい、そうです」
おじいさんが答えるとタロは「じゃあ壊しちゃうか」と言って先程の術を魔王城へ向けて放った。
光の柱が収まると、魔王城はなくなっていた。
おじいさんは無表情になった。
強いとかいうレベルじゃない。
さっきまで暗く曇っていた空は晴れ、青空が広がっていく。
俺はタロに訊いた。
「え、魔王倒したの?」
「ん? いれば死んだんじゃないか」
「いれば?」
「魔王城にいれば、死んだんじゃないか? あそこにあったもん消したんだから」
まじかよ魔王、片手間にやられたのかよ。
って、これはどういう事なんだ?
アレンの世界にいた魔王を、別世界の人間が滅した。
しかも、ついでにやっとくか、みたいな感じで。
これは、アレンの世界線的にオッケーな事なんだろうか?
俺はアレンに訊いた。
「えっと、いいの?」
「はい?」
「いや、魔王を倒すために冒険を始めたんじゃないの?」
「そうですよ」
「今、倒しちゃったみたいだけど」
「あー……そうなんですかね?」
「うん。なんかそうみたいだよ。いいの?」
「いいの、とは?」
「いやだから……」
言い掛けて俺は言葉に詰まった。
【エラー】によって作られたこの世界で起きた事が、元の世界に戻った時に反映されているか分からないんだから、アレンに訊いたってしょうがない。
そう思って俺は、
「ごめん、何でもない」
と言ってそれ以上追及しなかった。
その後、俺たちは村人に歓迎された。
ささやかな祝宴にも呼ばれておいしい料理を食べた。
すげえ、勇者のパーティってまじでこういうのあるんだな。
村を救って感謝されるやつ。
宿屋のいい部屋も用意してもらって俺たちは、四人それぞれ別の部屋で一晩過ごす事になった。
パジャマに着替えようとして、自分が制服姿だった事に気付いた。
しかも上履きのままだ。
まあ、この世界にいるのは今日だけだからいいんだけど。
「寝るかー」
ってベッドに入ったら、色んな考えが浮かんできた。