3 四者四様
「主人公は必ずいる、というわけでもないので、まあ、五つ目の世界は、主人公のいない世界だったのだと思います」
バスガイド風の女性がそう言うと、隣でおじさんもタブレットを操作しながら言った。
「こっちにも記載がないので、いないんだと思います」
タロは分かったような分からないような顔をしている。
と、ダークなストリートファッションの女の子、シーナが口を開いた。
「その前にまず聞きたいんだけど、あんたら、何?」
バスガイド風の女性が答えた。
「我々は天使です。【統べる者】の使い。我々の事は特にお気になさらずに。みなさまを安全に元の世界へ戻す役割を担う者です」
天使。
これが。
こんなツアーガイドみたいな感じなんか。
頭の輪っかとか羽とかないんか。
「答えになってんだか、なってないんだか……」
と、シーナは呆れたように言った。
それより俺は気になってる事がある。
「【エラー】っていうのがどういうもんなのかも分かんないし、俺らが気にしてもしょうがない事なのかも知んないけど、とにかく、その【エラー】が修復されるまで、何してればいいの?」
俺が訊くと、今度はおじさんが答えた。
「あっちご覧下さい、村が見えませんか?」
指差した方を見ると、うっすら村らしきものがある。
「どうぞあの村でお休みなさって下さい。明日には世界が元通りになってると思います。まあ、【エラー】はたまにある事なんで。それに」
と言葉を切ると、おじさんは俺以外の三人を見た。
「アレンさんは、全てのステータスが最高値な上、あらゆる魔法属性を備えているし、シーナさんは最強かつ無限に撃てる対ヴァンパイアリボルバーをお持ちで、その腕前と身体能力は並外れている。タロさんは宇宙の因果を破壊する、とまで言われた究極奥義『破陣』の使い手。道中どんな敵が来たって安心ですよ」
そう言うとおじさんは、にこっとした。
まじか。
なんかすげー強そう。
俺以外、すげー強そう。
さすが主人公。
「じゃあ、あの村で宿でも取れって事か」
と、シーナが村のある方を見ながら言う。
「そうですね、お手数ですけど。みなさんの居場所は把握してますので、明日また連絡しに伺います。どうぞご心配なく」
いや心配は色々あるけど。
「それでは、よろしいですか?」
と言っておじさんは切り上げようとした。
まあ、やる事は分かってる。
俺は言った。
「あっちの村にいればいいんすね、了解です」
「はい、それじゃどーも」
軽い感じでおじさんは言い、バスガイド風の女性と二人、肩を揃えて来た道を戻っていった。
ささささささ、と風が草原を撫でていった。
アレンがいきなり声を上げた。
「ああーっ! あれ、ガストーラの村だ!!!」
声でか。
なんだこいつ。
今までずっと黙ってると思ったら急にめっちゃでかい声出しやがった。
俺はちょいイラッとした感じで言った。
「うっさ。何、急にでかい声出して」
「いやあれ、ガストーラの村です! 僕のいた世界の村。あの村、魔王城の近くにある、冒険の最後に訪れるだろう、って預言者に言われた村なんです!!!」
「……ああ、RPGでいうところの、最後の村か」
「えー、ラッキー。まだ僕、冒険始めたばっかだったんですよ」
「そうなん? さっき全部のステータスが最高だとか言われてなかった?」
「んー、さあ? それはよく分かんないんですけど」
無自覚タイプの最強勇者か。
って会話をして何となく分かってきた。
アレンもシーナもタロも、それぞれの世界でそれぞれの目的を完遂するため活動していたのであり、そういう活動が【エラー】によって中断、世界がごちゃまぜになって今、俺らは回線落ちで復旧待ち、みたいな状況なんだ。
「でもよ、何でそんな村がいきなり現れたんだ?」
タロがとぼけた口調で言うと、シーナが憶測を述べた。
「【エラー】とやらで世界が混乱したんだ。最後のものが始まりに来ても、おかしくないだろう」
「ふーん?」
タロはまた、納得いってんだかいってないんだか分かんないような顔をしている。
とにかく俺らはそのガストーラ、とかいう村へ行く事にした。
無双勇者にヴァンパイアハンター、それから究極奥義の使い手。
どんな人生を歩んでいるのか実はめっちゃ興味ある。
けど、それを語り合うにはあまりに時間がなさそうで、聞かずにおいた。
どうせ明日にはまた、普通の高校生活に戻ってる訳だし。
ちなみにお互い言葉が分かるのも【エラー】の影響らしい。
その事について深く考える必要もない。
明日になれば全部終わってるんだ。
他の三人もそう思ったのかお互いの人となりを尋ねたりはせず、道中ほぼ会話をしないで歩いた。
ただ、アレンひとりだけ、
「ガストーラかー、テンションあがるなー」
「いたた! なんだこれ!? 脇腹急に痛くなった! 何これ、いたたた! あ治った」
「宿屋どんなかなー、綺麗だといいな。汚くてもいいけど。いやよくねーわ」
とかずっと独り言を言っていて、大丈夫かこいつ、ってなった。
そんなアレンを無視して俺らは歩き続けた。
村に近づくほどに青かった空はグレーになってきて、不穏な気配がむんむんに漂ってくる。
歩き始めてしばらくすると、村の前に到着した。
その光景を見て、俺は息を飲んだ。
ていうか、引いた。
そこには淀んだ空気が充満し、顔色の悪い村人が、生気を失ったような足取りで道を往来していたのである。