2 世界が混ざった
どたどたどたっ。
と俺は地面に倒れ込んだ。
「いつつつつ……」
体を起こすと、そこは草原。
傍らに一本の木。
空はどこまでも広がり、そよ風が心地よかった。
何ここ、どこ?
って見回すと、人が三人いる。
「あれっ」
と言って、きょとんとした顔で突っ立ってるのはファンタジーRPGキャラみたいな剣士風の男性。
「…………くはっ!」
と、悪夢から目覚めたみたいに草むらから上体を起こしたのは、黒の無造作ショートヘアでダークサイドに落ちたストリートファッション、みたいな服を着た若い女性。
「んっ?」
と目を丸くしているのは、アジア系っぽい民族衣装をまとった、背が低めで活発そうな爽やか少年である。
え、誰?
理解が全然追いつかん。
なんだこれ???
全員頭上に「?」を浮かべながら顔を見合わせていると、剣士風の男が俺の肩越しに遠くを見て、
「あ」
って声を出した。
振り向くと、向こうの方から人影がふたつ、こっちへ歩いて来るのが見える。
なんだなんだ。
って俺ら四人、無言で見守ってるとだんだん二人の姿がはっきりしてきて一人はバスの運転手みたいな格好をした、口ひげの生えたおじさん。もう一人は目つきの割とするどい、バスガイドみたいな格好をした女性だった。女性はツアーガイドが持つような小っちゃい旗を持っていた。
おじさんは俺らを見つけると、
「あっ、いたいた!」
とか言って歩み寄ってきた。
「どーもすみませんね、みなさん」
俺らのとこまで来ておじさんはにこにこした。
人の良さそうなおじさんだ。
でも俺らは言葉を失っていた。
だって、何も分からないから。
「あのですね~、全部混ざっちゃったんですよ、世界が」
仕事のトラブルを報告する、みたいな口調でおじさんは言った。
は?
「えっとですね、えーと、五つですね。合計五つ。混ざっちゃいまして。えへへ。ええ、ええ。なので、その修復にですね、えーと、時間がもうちょっとあの、掛かるもんで、ええ、ええ」
へらへら笑いながらおじさんは言う。
いや何言ってんの???
と思う間に隣の女性が、ぴしっ、と旗をおじさんの顔の前に振り下ろして、
「下手、説明」
と言った。
「あなたたちは、主人公です」
女性は俺らに向き直ると、表情ひとつ変えずに言い放った。
「主人公……?」
俺は思わずオウム返ししてしまう。
「そう。主人公です。多次元宇宙においては、大抵それぞれの世界に一人、主人公が存在します。主人公はその世界での最重要人物です」
「ちょちょ待って待って。何? 多次元宇宙って」
と俺が慌てて尋ねると、女性は表情ひとつ変えずに答えた。
「あなたの暮らす世界の他にも別の世界線が存在するという事です」
えっ。
って事は何? ここにいる他の三人は、俺の世界とは別の世界の住人って事?
バスガイド風の女性は、驚いてる俺に構わず話を続けた。
「現在、数多存在する世界のうち五つが【エラー】によって混ざり合い、ひとつになってしまいました。我々は【エラー】を修復する義務があります。なので、その間お待ち頂きたく、それぞれの世界での最重要人物であるみなさまにお集まり頂いた次第です」
主人公? 俺が??
ていうか、この人達も? 主人公って、物語の登場人物じゃないの?
「みなさま以外の人間、すなわちサブキャラやモブキャラたちは、世界の状況に気づいていません。なので、みなさまだけが特別だとお考え下さい」
サブキャラに、モブキャラ。
なんかマジで物語の登場人物みたいな言い方するんだな。
いやまだ全っ然、話が飲み込めない。
俺は、実在してるんだよな?
「では、点呼を取らせてもらいます」
と、おじさんはどっから出したのかタブレット的な器具を見ながら呼び掛け始めた。
「まず、勇者アレンさん」
「はい」
と、長身の剣士が間延びした調子で応える。
「それから、ヴァンパイアハンターのシーナさん」
「ん、おお」
と、腕を組んで胡散臭そうに二人を見ていた女性が素っ気なく言う。
「そして、格闘呪法師の、タロさん」
「おう!」
活発そうな少年は元気よく返事した。
「それから、ラブコメの……ラブコメ?」
おじさんはタブレットに顔を近づけて確認した。
隣の女性も少し気になったようでおじさんをチラ見した。
「あっラブコメですね。ラブコメの、ユウトさん」
俺の名前じゃん。
おじさんは思いっ切りこっちを見ている。
え?
俺? 俺のこと?
他のやつらは勇者、とか、ヴァンパイアハンター、とか主人公っぽい職業なのに、何? ラブコメのユウトさんて。
「え? 俺?」
「ユウトさんですよね?」
「えっとぉ……一応、桐原ユウトっていうんですけど」
「ああ、じゃそうです」
「あ、俺の事すか。何すか、「ラブコメの」って」
「属性というか、職業みたいなものですね。そういう風にこちらで管理されてますので」
「他の人達は何か強そうっていうか、戦う感じでしたけど」
「ラブコメのユウトさんです」
と、今度はバスガイド風の女性が割って入ってきた。
これ以上聞いてくるなよ、という圧を感じた。
「これで全員揃ってますかね?」
おじさんがタブレットから顔を上げると、活発そうな少年タロが言った。
「あれ? さっき五つの世界って言わなかったか? 今、四人しかいねーぞ?」
おじさんと女性は、あ、ほんとだ、みたいな顔をした。