酷い提案
僕は羽井浪と五指を絡め、恋人繋ぎをしながら昇降口を抜け、校門へと歩いていた。
校門付近に人集りが出来ており、不穏な気配を感じた。
校門付近の人集りは男子生徒が目立つ。
校門を抜けようとした僕らに、人集りの中心から呼び止められた。
「あれぇっ?蒼真くん、私だよ私〜!随分待ったんだよぅ、手を貸すくらい——って、隣の娘は誰ぇ〜?ちょちょっ、無視は良くないよぅ豊口蒼真くんっ!」
僕は仕方なく脚を止め、羽井浪をその場で待つように言って、姫寺に歩み寄る。
「羽井浪さん、少し待っててくれないかな?」
「う、うん……待ってる」
人集りを掻き分け、姫寺の元に辿り着き、ため息を漏らしながら、訊いた。
「何しに来たんですか、あなた?てかっ、フルネームは勘弁してほしいです。色々あるんですから……」
「ごめんごめん!梨紗って呼んでくれないんだ、蒼真ぁ。今夜、どうかって誘いたくて……あの娘、恋人?」
「今夜どうか……コイツぅっ!」
「ヤんのか、こんな冴えない奴がこんな美人と……くぅーっっ!」
「何でこんな地味メンとこんな綺麗な人が……凄ぅ〜!」
人集りの男子の怨みがましい叫びと、ギャルな女子が驚いていた。
「って訳だから、通して通してね〜!蒼真、詳しいことは落ち着けるカフェで」
「ちょっ、勝手に進めないで——」
姫寺が僕の手を取り、人集りを掻き分け、脱出した。
「蒼真の恋人ちゃん、一緒に来て!話はそれから」
「えっ、豊口くんから離れてください!」
「今は無理。さっさと付いてきて、おチビちゃん!」
「私は小さくありませんよっ!?ねぇ、ちょ——」
「ごめん、羽井浪さん!気持ちは分かるけど、今はこの人にっ……!」
距離が離れる羽井浪に向かって叫ぶ僕だった。
困惑した彼女がどうにか、追ってきた。
カフェで僕と羽井浪が並んで、姫寺が正面の椅子に腰掛けた。
「この娘とヤったの、蒼真くんはもう?だから、私のことを拒絶するの?」
「してませんし、そういう訳じゃないですって!彼女に生々しいことは控えて貰えませんか!」
「交際するってことは、ヤりたいから繋がるってことじゃない。いずれはって考えてんでしょ、蒼真くんだって。彼女だって——」
「やめてって言ってるでしょ、姫寺さんっ!」
「悪い悪い、蒼真くん。落ち着こ、一旦クールダウン」
姫寺は僕の荒げた声に身体を後方に引いて、謝る。
「キミにも悪いことを……ごめん。私は彼と交際したいんだ。先程言ったことを彼と……頑なに連絡先を交換しないんだ。安心して」
「は、はぁ……」
羽井浪は終始、困惑した表情を浮かべ、会話を聴いていた。
「——それでなんだけど、今夜、蒼真くんと寝ても良いかな?」
「ちょっ、どうしたらそれで、姫寺さんと寝な——」
「蒼真くん、シぃー!今は彼女に訊いてるんだ。どう、承諾してくれるかい?本番はしない。ソレは誓う」
「わ、私は……」
「羽井浪さん……この人の——」
「蒼真くん」
姫寺が立てたひとさし指を唇に押し当て、喋るなと釘を刺してきた。
「……蒼真くん、私は貴方のことが大好き。大好きなのは、変わらないの。姫寺さん……でしたか?アナタがこれ以上蒼真に付き纏わないと約束出来るのでしたら、私は……アナタが蒼真と寝ることを許します」
「羽井浪さん……」
「ありがとう、羽井浪さん。貴女の条件を受け入れるわ」
「良いの、羽井浪さん……?あんなこと……」
「良いわけ、ないよぅ。でも……豊口くんにこれ以上あの得体の知れない人に付き纏われたら、豊口くんと居れる時間が減っちゃう。豊口くんとの初めてがぁ……」
テーブルに突っ伏し、嘆く羽井浪だった。
姫寺がカフェを後にする去り際に僕は耳打ちされた。
——21時に△△▽▽の前で会いましょう。
伏せたのは、ラブホだからである。
姫寺は実家暮らしであり、豊口家も姉の存在があり、ラブホということになった。
僕という人間は……
僕は羽井浪を自宅に送り届け、帰宅した。