姉の友人
僕は姉とファミレスで食事を摂ることにした。
ドリンクバーの前の席に案内をされた僕達だった。
「あんた、何食べるよ?」
「えっと……若鶏のグリルおろしのオニオンソースにみそ汁、ライスの大盛りかな」
メニュー表を捲り、3分も掛からず決断した僕だった。
「えぇー、そんだけかよあんた!アタシ、ピザを食いたいけど……半分食える?」
姉は提案したことに拒否を拒む睨みを効かしながら、訊いてきた。
「オレに拒否権なんてないだろ。食うよ、食ったらいいんだろ姉貴!」
僕は姉の睨みに怯みながら、投げやりに返した。
「サンキュ〜、助かるわ。いい弟をもって、私は嬉しいよ」
「はぁ〜……」
「ご注文はお決ま——って、瑠衣っ!瑠衣がなんでファミレスに来てんの!?」
注文を取りに来たウェイトレスが唐突に大声で驚き、姉の名前を呼ぶ。
「えっ、梨紗じゃん!梨紗のバ先ってここだったの?」
「えっ、そっちって彼氏?瑠衣に彼氏が……あのズボラで有名な瑠衣が彼氏とファミレスだなんて……信じらんない」
失礼な発言を繰り返す姉の知人であるらしいウェイトレスが大袈裟に口許を片手で覆いながら、驚きを隠せずにいる。
「ファミレスくらい行くわ、梨紗!ズボラじゃねぇし、彼氏だとしたらそんなことバラすなよあんた!弟だよ、弟!」
「そんな怒んないでよ、瑠衣。周りに迷惑かけて、大学生がそんなことじゃダメじゃない!弟……?弟って、あの蒼真くんなの、彼?」
「はぁはぁ……はぁっ、弟の蒼真よ。梨紗、そんなことより、謝んなさいよ!ねぇっ、聞いてんの?」
息を切らしながら、ウェイトレスに僕を指で指しながら紹介し、謝罪を要求する姉。
「えっと……姉貴、こちらのウェイトレスさんとどんな——」
僕は立ち上がって両腕の拳を怒りで震わせ、ウェイトレスを睨み続ける姉に困惑しながら、尋ねる。
「私は瑠衣の親友で、姫寺梨紗よ!蒼真くんに逢いたかったの、私ぃっ!私と連絡先を交換しましょ、蒼真くんっ!」
姫寺が僕の目線に合わせ屈み、名札を見せつけながら、捲し立てる。
「ああぁ、えっと……」
「アタシの蒼真にやめてよ、あんた!あんたでもやって良いことと悪いことはあんだからねっ!」
「あれあれぇ〜瑠衣ってあんた、ブラコンだったの?普段から蒼真くんのこと、愚痴ってるじゃない。アレはなんだったの、瑠衣」
「なんだっていいじゃない!?そんな口きいて良いの、梨紗ぁ?蒼真はあんたみたいなでしゃばり猫を好きになるわけないの!慎ましい娘が好きなんだから、蒼真はっ!私をズボラ扱いしたけど、あんたこそズボラじゃない!蒼真に手ェ出すなんて、許さないから!」
「私がズボラですって!聞き捨てならないわね、その発言!何がでしゃばり猫よ、瑠衣っ!覚えときなさいよ、あんた!」
「梨紗こそ、覚えときなさいよ!フンっ!」
「あぁあっと……喧嘩中悪いんですけど、注文良いですか?」
「あぁ、ごめんなさい、蒼真くん。お恥ずかしいところをお見せしてしまって……ええ——」
注文を取り終えた姫寺というウェイトレスが厨房へと消えていく。
「姉貴……その、名前をあんな連呼しないでよ。恥ずかしい……」
「ごめん、蒼真。つい興奮して、我を失ってしまった……」
椅子に座り直した姉が、頭を下げて謝って、肩を落とした。
「姉貴、えっと姫寺さんだっけ……?あの人と連絡先の交換くらいは問題無いんじゃ……?」
「大アリだよぉぅぅ……お姉ちゃんからのお願い、彼女とは連絡先を交換しないでぇぇ……ぐすぅっ……」
姉が上半身をテーブルの上にのりだし、僕の両腕の二の腕を掴み、涙を流しながら洟水を啜り、震えた声で縋ってきた。
僕は姉のこのような姿を生まれて初めてみた。
「わ、わかったよ……」
食事が運ばれると、姫寺に対する愚痴や悪態が漏れるわ漏れるの姉がマルゲリータピザをむしゃむしゃと貪っていた。
ピザとオムライスを交互に口へと運んでいく姉の豪快な食べっぷりに、引きながらも取り分けられた自身のピザを見つめながら若鶏のチキンを口に運ぶ僕。
姉の前にはマルゲリータピザとオムライス、明太クリームのカルボナーラ、デザートのプリンが置かれている。
姉は暴飲暴食しても身体が太ることはなく、姉の身体の仕組みに首を傾げることが度々ある僕だ。
「あいつが誘惑してきたら、必ず言えよ蒼真ぁ!」
「誘惑って……」
「蒼真はお姉ちゃんのことを信じてないのぉぉ……蒼真はお姉ちゃんを裏切らないって思ってたのにぃぃいいいぃぃぃ〜!酷いよぉ〜蒼真ぁぁあああぁぁぁぁ!」
「裏切ってないよ、まだ。姉貴こそおかしいよ、あの人ってそんな悪い風には……オタクみたいな、好きなことに夢中になるって風に——」
「友達が弟を狙ってるなんて落ち着けないよっ!友達以外で悪い女じゃなければ誰でも良い……友達に蒼真を狙われるのだけは嫌やぁ〜〜!」
ファミレスで食事を摂り終え、コンビニに寄り、自宅に帰宅した僕と姉。
帰宅し、僕がソファーに身体を沈めていると姉が隣に座り、頭を僕の太腿に載せて、珍しく甘えてきた。
しばらくはテレビの方に顔を向けていた姉だったが、僕の胸もとに顔を向け、「頭ぁ、撫でて。蒼真ぁ」といつになく甘い声で甘えた。
姉弟でなければ、惚れていた。