確保
空からポツポツと水滴が降って来た。水滴は石畳の床に黒い円をいくつも描きながらその勢いを徐々に増してゆく。やがて視界狭めるほどの大雨になった。
先ほどの戦闘で街をかなり壊してしまった。
「これをどう説明するか…」
ふと後ろに鋭い殺気とともに人の気配がするのに気がつく。
咄嗟に後ろを確認せず頭ごと重心を下げると頭上僅か数センチの地点を剣の横薙ぎが通過した。振り向きつつステップで距離をとる。
「この街で堂々破壊行為を働くとはとんだ命知らずがいたものだな。お前を確保する。」
男とも女ともつかない声色で外套を身につけた人影が喋る。
「確保という割には殺気が隠せていないぞ。そもそもこの街を破壊したのは俺だけでは……」
続きを言おうとしたところで外套の放った居合がかろうじてかわしたヨルの鼻先を僅かにかすめる。
「なぜこの時代の奴らはどいつもこいつも名乗りもせずに殺しにかかってくるんだ。全く礼儀がなっていないな。」
「お前は私の街を破壊した!!情状酌量の余地はないッッ!!!」
第2第3の斬り込みを躱しつつ氷結魔法で剣を錬成する。
「この際だ。礼儀のついでに剣術も指南してやろう。」
4連撃目の大振りを氷剣の側面で受け流し、攻勢に転じる。
「まず初めに勝負を挑むときもそうでない時も、初対面の相手には自分の名を名乗れ。私の名前はヨル。500年前に死んだが妙な巡り合わせで現世に転生した。前世では魔王などと呼ばれていた。」
「お前如きが魔王を語るか!!狂人から教わることなど何もないッッ!!!!」
ヨルの猛攻をかろうじて受け切り今度は外套が攻勢に転じる。
しかし、放つ一撃は全て躱わすか氷剣の僅かな動きで受け流される。
「馬鹿なッッ!!私の太刀筋が見切られているだとッッ!」
「攻め方が杓子定規だ。もっと緩急をつけて相手を翻弄しろ。」
甘く入った一撃を弾き頭部を狙って突きを放つ。
外套が突きに意識を奪われた隙をついて反対側の横腹に三日月蹴りを見舞う。
「ガッ…ハッッッ……」
蹴りが効いたのか外套が膝をつく。
「ある程度以上のレベルの剣士には型を正確に速く繰り出せるだけでは勝てない。陽動や時には剣以外を使うことも必要だ。」
「だまれッッ!!!」
膝をついた体勢から外套が居合を繰り出す。
キィィィンッッ…………
外套の剣が弾かれ手から打ち上がる。
「ば…ばかな……」
「見られた技は何度も使うものではない。特に居合のような直線的な技はカウンターの餌食だ。」
ゴッッ
夜の剣の柄頭が頸部に叩き込まれ、外套は気を失ってバタリと倒れる。
「コイツは何だったんだ。街の治安部隊員か何かか……」
前世と現世で今まで戦った中でも1、2を争うほどにスジは良いが圧倒的に経験が足りていない。
気絶させただけなので2.3時間もすれば目を覚ますだろう。
「時間稼ぎご苦労。小隊長。」
ザッザッザッザ
倒れた外套と入れ替わるようなタイミングでピタリと揃った足音とともに100人規模の治安部隊が現れ瞬く間に取り囲まれる。
リーダーとみられる壮年の男が前へ歩み出る。
「私はマクベスの街の町長並びに治安部隊総隊長のオーゼンである。そなたを都市破壊の容疑で連行する。」
やっと礼儀を知るヤツが現れたと喜ぶのも束の間、ヨルの手首にずっしりと重い手錠がかけられた。