魔王の力
勇者の放った弾丸は並んだガラスを次々と粉々に砕き、木製の机に食い込み破壊し、冒険者たちの体をボロ雑巾のごとくズタズタに引き裂くはずであった。
無数の弾丸は重力を無視するかのように高速回転しながら空中で停止していた。
ヨルが右手を下ろすと同時に停止していた弾丸は重力の存在を思い出したかのように空中より落下し無数の金属音を響かせる。
何かが射出されるのを見てとっさの判断で重力魔法を発動したが、転生後のこの体で発動できるとは驚きであった。
転生する前は何者であったのかとにかく相当な魔術適性である。
しかし、名乗りも上げずにいきなり仕掛けてくるとは全く礼儀のないやつである。
「散々な挨拶だな。死人が出たらどうするつもりだ。」
男の笑顔が引きつりだんだんと表情が消える。
「勇者が魔王を殺そうとするのは当然だろうがッッッ!!!!」
弾が切れた軽機関銃を放り捨て、新たな軽機関銃が2丁召喚される。
「大人しく死にやがれぇぇぇぇッッ!!!!」
2丁の軽機関銃が同時に火を吹き、先ほどより遥かに多くの弾丸が打ち出される。
ヨルが右手をはらうように動かすと前方へ巨大な氷の壁が出現し弾丸を受け止める。
「なぜ俺が魔王と知っている??しかも"勇者"だと???お前には聞くことがありそうだ。」
勇者へゆっくりと歩をすすめるとそれに合わせて氷の壁もジリジリと前へ進んでゆく。
一方的に撃ち続け攻めているはずの勇者は対照的に一歩一歩後ろへと下がってゆく。
「チィィッッ!!!」
勇者は撃ち終えた軽機関銃を使い捨てバックステップでギルドの扉より外へ飛び出す。
4丁のロケットランチャーが召喚され次々に発射される。
「吹ッ飛べやァァぁぁッッッ!!!」
巨大な爆発音と共にギルドが粉々に吹き飛ぶ。
屋根の木片が遅れて上空よりパラパラと降りそそぐ。
体制を立て直した勇者は爆煙に包まれ骨組のみとなったギルドへ目を向ける。
「はぁ…はぁ…手こずらせやがって」
ゆっくりと爆煙が晴れると氷のドームが現れた。
前触れもなくドームにヒビが入り割れ、光る破片の中から無傷のヨルが姿をあらわす。
ここまで高位の氷魔法まで使えるとは、ますますこの体は妙である。
疑問は残るが、ともかく今は無差別に暴力を振り撒くこの勇者を黙らせることが先決である。
「次はこちらの番だな。」
勇者の顔から血の気がさっと引く。
右手をゆっくりと勇者へ向けると一瞬手のひらの周りの空間が水面に広がる波紋のように歪んだ。
次の瞬間、何か巨大なものに引かれるように勇者の身体が後方へ吹き飛び建物を3棟ほど貫いて広場の噴水にめり込んだ。
1棟目の石壁に叩きつけるほどのつもりであったが、久々で少々加減を間違えたようだ。
話を聞ける状態だと良いが。
雪のように舞う羽毛や土埃に咳込みながら勇者の身体が作った穴より建物を通り抜け広場へと歩み出る。
「見たことのない武器ばかりだな。この時代のものか??」
噴水にめり込み立体彫刻作品のようになった勇者から返事は無い、やはり少しやり過ぎてしまったようだ。
完全な精度での魔法の行使にはすこしリハビリが必要だ。
噴水にめり込んだ勇者の身体を引き抜こうと手を伸ばした時、
「グォォォォォォォォォッッッ!!!!」
耳をつんざくような巨大な鳴き声が響く。
足元に伸びる月明かりに照らされた時計塔の影の頂上が不気味に蠢いている。
見上げると何か巨大なモノがこちらを見ている。
ソレには目らしきものは無かったため正確にはこちらを見ているわけではないのかもしれないが、とにかくこちらに対して狙いを定めていることだけは確かであった。
全く見たことのない魔獣だ、弾力のある半透明な体に牙がびっしりと並んだ大きな口があり、口の左右から巨大な爪のある鱗で覆われた手が生えている。
背中にはドラゴンのような立派な羽が片方のみ生えており、体の下にはリザードや鳥獣、サラマンダーなど様々な種族の脚が左右四本ずつ八本生えている。
中には人間のものと見られる脚もある。
前世でもあのような魔物は見たことが無い、500年かけて進化した魔物であろうか、存在してはならないかのような異様な雰囲気を放っている。
こちらが魔術の行使のため手を向けると同時にソレは頂上より勢い良くスタートを切る。
恐ろしい速度で足を蜘蛛の如くバラバラに動かしながら垂直の壁をこちらは真っ直ぐに下ってくる。
氷の塊を射出して迎撃するが左右へ器用に避け、全く怯む気配が無い。
地上付近で壁を蹴り、飛ぶように一気に距離をつめる。距離を取ろうと後ろへ引こうとしたところへ魔獣の体から飛び出た触手が手足へ絡みつく。
魔物はヨルの体を高々と掲げ無数の牙が生えた口を大きく開けて捕食しようとする。
内側にもびっしりと牙が生えている。あれに噛まれればひとたまりもない。
しかし、そこで魔獣の動きがピタリと止まる。
足と手に絡み付いた触手はヨル体の近くから凍りついてゆく。
芯まで凍りついた触手が崩れ落ちた様子に魔獣が怯んで身をわずかに引いた。
ヨルは魔獣の拘束から解放され、姿勢を崩しながらも着地する。
そこで魔獣は頭上に巨大な影があるのに気がつく。
影の正体を見るより早く影は魔物へと落ちる。
ズドンッッッ
という音と共に巨大な氷柱が魔物を貫き地面へ深々と突き刺さる。
透明な薄緑の体液が飛び散り、腐った水のような不快な臭いを辺りに撒き散らす。
「相手が悪かったな。」
「ギャァァァァァァァァッッ」
断末魔の悲鳴を上げ8本の足をめちゃくちゃにバタバタと動かして脱出しようと抵抗するがやがて、ガクリとうなだれて力を失った。
近くでよく見てみると透明な部分の形状と体液には見覚えがあった。
これはスライムだ。
子供の頃に誤ってスライムを踏み潰してしまったとき、靴の裏にはねばねばとした緑色の体液が糸を引いていた。
様々な魔物の形質を模倣できる特殊個体のスライムといったところか。
「ハハハハハッッ!」
後ろからの笑い声に目を向けると勇者がよろめきながらも立ち上がるところだった。
右腕はあらぬ方向に折れ曲がり、額からは大量の血が滴り落ちている。
目視からは分からないが他の部分の骨折も2、3箇所では済んでいないだろう。
立てているのが不思議である、勇者の打たれ強さは時代が変わっても相変わらずだ。
「あまり喋らない方がいい。それ以上動くと死ぬぞ。」
ヨルの忠告に勇者はククッと笑う
「そうかもなぁ…こんな修羅場は初めてだ…デタラメな強さの魔王に得体の知れない怪物ッッ!!今の俺の実力不足がよく分かったぜ。面白くなってきやがった!!」
突如、勇者の背中から2本の小型ロケットが召喚される。
「次は負けねぇぇ!!!!!」
ロケットが眩い火を吹き、あまりの光に目を庇った隙に勇者が上空へ一瞬で消える。
夜空を切り裂く流れ星のように勇者の光は遥か遠くへと伸びてゆく。
まさかまだ逃げられるだけの力を残していたとは。
ふと後ろを振り向くと突き刺さった氷柱にはスライムの身体の後ろ半分が5本の脚と共に無残に残されており、残りは跡形もなく消えていた。
体液の湿ったあとが裏の路地の方へと伸びている。
広場にはヨルだけがポツンと立っており嵐の後のように静まり返っていた。
どうやらとても厄介なやつらを逃してしまったようだ。