はじめの被害者
魔王に支配されようとしていた世界は時の勇者によって平穏を取り戻し人々は平和を謳歌していた。しかし、魔王討伐より500年後倒されたはずの魔王が転生し世界は再び恐怖に陥れられる。魔王の力に対抗すべく異世界より勇者が召喚される。激突しようとする勇者と魔王のもとに突如、異様な能力を持つスライムが誕生し三つ巴の戦いが勃発。世界に危機が訪れる。
首都オリオンの北に広がるオールベルク平原はその日も相変わらず青々としておりどこまでも雲一つない空と相まって距離感を曖昧にさせる。
サミュエル・マルコフはポケットから出したハンカチで額の汗を拭い殺風景な草原を見渡した。
かれこれ晴天の中1時間ほど歩いてきたがまだ目的の地点は見えてこない。
本当なら今日この時間俺はドラゴンを狩っているはずだった。
共に行くはずであった悪友が実習の前日に突然用事を思い出したなどと言わなければ学内で誰も受けずに最後まで放置されていた実習内容に割り振られ、こんな何もないだだっ広い草原で死んでしまうほど退屈な作業をするはめにはならなかった。
大体なんで国立魔法大学3年で先月高度魔法戦闘技能試験1級にも合格した俺がスライムなんか討伐しなくてはならないのだ、しかも100体も。
そんな文句を頭の中に浮かべ次に悪友に大学で会った際にどのようなお礼をしてやろうか考えつつさらに歩いていくうちついに目的のものを発見した。
聞いていた通りその一帯のみ魔物が大量発生しており無数の水晶玉のように透明なスライムはあちこちにころころと転がっていた。
「やれやれ、これも単位のため」
とひとり呟き、背中の雑嚢を地面に下ろす。
腰にさげたケースの留め金を外し、中から20センチほどの白い杖を取り出した。
陶器のような質感で少しねじれたかたちをしているこの杖はニコラスミスの最新モデルであり先週の試験合格の記念に購入したものであった。
この杖の使用感を確かめる目的がなければわざわざこんなところにスライム討伐には来ていない。
(そもそもは本当はドラゴンを討伐できるつもりだったのだが)
目を閉じ、杖に意識を集中させると杖の先が淡く緑色に光を放つ。
スライムに向けて軽く杖を振ると風魔法が発動し、ハサミを閉じたときのような音とともにスライムの体が両断される。使用感は悪くない。
吸い付くかのように手に馴染むし魔法のキレも増している。
サミュエルの杖の動きに合わせスライムたちが次々と両断されていく。
単調な作業でおよそ90体ほどを討伐し、杖を振るのにいい加減飽きてきたころサミュエルは奇妙なスライムを発見する。
先ほどまで全く無感動に流れ作業のごとくスライムを狩っていたサミュエルがそれに目を止めるのも無理はなかった。
そのスライムには体の両側より触手が生えていた。
もっと言うと頭と思われる位置に角も生えており後ろには片翼ではあるが羽まで生えている。
水信玄餅のような胴体がギリギリそれをスライムたらしめていた。
サミュエルは大学一年生の頃に受けた魔獣生態学の講義を思い出していた。
その講義の枯れ木のような老年のハイエルフの教授曰く魔物の中には希少個体なるものがおり他の個体とは異なる特異な能力を持っているという。
更に当然のことではあるが希少個体はその能力ゆえに強力なものが多く年間けして少なくない数の人間が命を落としているとも。
最前列でかろうじて聞き取れるかどうかのか細い声で老教授がそう話す間、悪友は隣で大きないびきをかいて寝ており、このような奴が真っ先に命を落とすのだろうなどと想像していた。
よってサミュエルは希少個体のスライム(仮)をしばらく観察し能力を確かめてみることにした。
希少個体のスライムは大きく口を開けると上から包み込むようにして隣のスライムを丸飲みにした。
咀嚼するかのように体を伸び縮みさせ、それがひと段落すると、たまたま近くを通りかかった鳥獣を見つけ素早い動きで横からまたもや丸飲みにした。
いささか食らう量は多いようだが繁殖期のスライムにはよくあることで能力も大したものではなさそうに見える。
希少個体といえど所詮はスライム、特殊能力も変身能力程度だろうと予想し、スライム100体だけを狩って帰るだけというのもどうにも味気ないと考えていたサミュエルは再び杖を構えた。
(希少個体の素材は良質な魔道具の材料になるため一部で高く取引されるとも老教授は言っていた)
杖を振り風魔法を繰り出すと希少個体のスライムの右側の触手が切断された。
どうやら少し狙いが逸れたらしい、もう一度杖を構え直そうとした矢先、スライムの体が明るい橙色に光り、無数の魔法陣が出現した。
次の瞬間、サミュエルすぐ前方の空間が激しい爆音とともに爆ぜた。
爆風と痛いほどの光とともにサミュエルは後方へ15メートルほど吹き飛び転がった。
背中を打ちむせ返りながらも何とか立ち上がろうとするサミュエルへとソレがゆっくりと近づいてゆく。先ほど切り飛ばしだ触手はじゅるじゅるという気味の悪い音とともに元通りに再生しようとしていた。
何とか上半身を起こし杖を構えようとするサミュエルだったが杖を構えることは叶わなかった。
というのもサミュエルの腕の肘関節より先は爆発により千切れたように吹き飛び、鮮やかな赤い血が景気よく噴き出していた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!!」
というサミュエルの叫び声はオールベルグ平野の広大な空間の中にむなしく発散していった。
なぜスライムごときが高等複合魔法である爆裂魔法を使えるのだ??!
魔法陣展開からの発動時間も驚くほど速い、まるで上級悪魔並みだッッ何なんだこいつは異常だッ!!!
振り返り逃げ出そうとするサミュエルの足をソレの触手が捕らえる。
足をとられて盛大に転び振り返ったサミュエルが見たのは黒々としたソレの口の中であった。ソレの口の中はスライムであるにも関わらず一切の光も感じぬほどどこまでも黒く底が見えなかった。。。。。。。。
ソレが去った後の草原にはニコラスミスの真新しい白い杖だけがぽつんと残されていた。