東京壊滅編01
中学三年の春。
穏やかな陽気と共に舞う桜。
別れの季節でもあり、出会いの季節でもあるこの時期に、氷川 冷那十四歳は、二〇四〇年度国立第十九中学校の三百人分の長い入学式を終え、帰宅の準備をする。
教室を出て、昇降口にまっすぐ向かう。
下駄箱に蓋はなく、上履きと外靴を分けるしきりがあるだけだった。
校門をでて、駅に向かう。
幸いなことに、第十九中学校は近い駅から一分で行くことができる。
駅に着き、階段をただ登り、改札に向かう。
電子カードを改札のセンサーに当てると改札を通り抜け再び階段を降りてホームに向かう。
丁度階段を降りたところで電車がホームに入ってくる。
良くもまぁ、毎回上手いこと停車するなぁ、と感心しながら電車に乗る。
周囲を見回して思う。
朝の通勤時とは違い、昼過ぎの電車は空いていた。
すぐ近くの空いている席に座ったところで、電車は進み出す。
時速百メートルで進む電車の中で冷那は、電車の車窓から見える海を見ながら、自分の小ささを感じていた。
家から学校まで五つの駅があり、三つ目の駅に到着すると海は更に奥まで見える。
私もそろそろ寮生活にしようかな、毎日の電車代削減したいし、訓練で疲れたとき家まで遠いとか嫌だし。
そんなことを考えるうちに電車の中は私を含めても、10人ほどになった。
相変わらず見える電車の車窓からの海は、大小様々な船が行き交う。
その中にひときわ目立つ大きな船があった。
近くを走る大型のタンカーの数倍、下手をすれば数十倍も大きい船は甲板に砲塔をいくつも積んでいる。
直感で、戦艦と言う結論を出し、あれが火を吹けば東京は火の海になるだろう、とネガティブな思考を広げる。
そんな中電車は駅員の放送と共に笛をピィーーーーとならし、電車は発車する。
遮るものがなく相変わらず見える海に浮かぶ軍艦の甲板から緑色の人型のロボットのようなものが出てくる。その人型兵器は一歩ずつ動き出し甲板の隅で銃のようなものを構える。
距離が遠くはっきりわかるわけでは無い。
ただ、冷那には見覚えがあった。
第十九中学校は二〇三〇年の教育改革によりある特徴を持っている。
国立中学校は国内に三〇校を備え各校には一つの専門科目の学科がある。
その一つ東京都立第十九中学校は最新の軍事施設やその他兵器の取り扱いができる、軍事学科が備えられ、定員は定められていないが毎年三百人程度しか来ない。
その理由は単純に授業の内容が厳しいからだ。
毎年入学者の一割弱は、早退していく。
しかし、軍事学科を卒業すれば自衛隊や防衛省などにも、就職が有利になる点があり、人気がある。
その次世代戦闘兵器の授業で使用した人型機動兵器リッターと呼ばれるものだった。
ドイツ語で騎士を表すリッターは現代の戦場の主力となっており、冷那自身も使ったことがある。
だが授業で使ったものとは少し形が異なる。
明らかに日本に配備されているものとは違うリッターだった。
最新のリッターのお披露目会なのか、それとも最新リッターの訓練か演習か、と考えてるうちに甲板に三機ほどリッターが出てきた。
甲板上のリッターは銃のようなものを陸に向け、撃つ。
発砲音は陸地で爆煙を上げてから聞こえ、その数秒後に爆発の地面を叩き割るような轟音が響き渡る。
電車が止まり、駅員の放送が入る。
しかし、海上のリッターは続けざまに砲弾を放つ。
初弾は山の向こうに着弾し何度か小さな爆発音をひびかせ、二発目は逆方向の高層ビル街の海岸沿いに着弾しビルを三つほど倒壊させる。
そして三発目は今乗っている電車の一キロほど離れたところに着弾し、クレーターを作り出した。
爆風により、電車は揺れ、窓がガタガタと音を立てる。
車内の客はざわめき始める。
冷那が甲板上のリッターを電車の窓越しに眺めているとブレザーの右ポケットのスマートフォンが、ざわめき始める。
ポケットから、スマートフォンを取り出す。
金剛と書かれた名前の下に緑色に染まる電話のマークをおす。
スマートフォンを右耳に当てると画面から低い男の声が喋り始める。
「氷川先輩まずいです。」
緊迫した口調で話す男に、興味無い顔で甲板上のリッターを見つめながら、こたえる。
「どーしたの、金平君。一応状況は分かってるつもりだよ。」
「自衛隊のリッター部隊の基地が一撃でやられたっす。だから俺達が出撃だそうです。そんでいまどこですか。」
「電車の中だけど、電車止まっちゃたからどうしよう。」
「じゃあ、俺達の防衛地域の方向だからリッター積んで迎えに行きます。」
「おーよろしく。」
そこで電話が切れる。
その間にも戦艦の上のリッターは発砲を続ける。
一発づつしか撃ってこないし、爆発の規模が大きいからグレネードランチャーか、という結論を冷那は出した。
「考えていてもしょうがないな。」
と言って冷那は電車のボタン式のドアを開け線路の砂利の上に飛び降りる。
歩く度にジャリ、と音を出す砂利は、かなり大きめだった。
冷那が降りたことに気づいた車掌が電車の小さな窓を開け、顔を出してお客様困ります、と言いたかったのだろう。
だが冷那は、左の手のひらを車掌に向け、右手でブレザーの胸ポケットに入っている第十九中学校の学生証を取り出す。
第十九中学校の学生証は一部の人間が特殊な効果を発揮する。
第十九中学校は成績上位30名が、緊急時は、法を行使、または法に触れてもその罪が免除になると言う特権持っている。
だが、特権を使用すると厳しい審査を受けその上で、特権がその時点で、必要ではない場合、処分を受けることになる。
ちなみに冷那は首席なのでその権限を持っている。
その学生証を見せると車掌はひぃぃ、と声をだしすみませんでしたと頭を下げる。
ここで偉そうにすると学校の評判が下がり、税金泥棒とか言われると思い、こちらも四十五度のお辞儀をし、歩き始めた。
電車は止まったまま車掌は客を下ろし先ほど止まっていた駅に向かって歩いていった。
冷那は車掌と客を見送り、近くにある鉄製の階段を降りて高速道路に降りる。
車は一台もなかった。
皆逃げたのだろうと思いながら、冷那は高速道路の端に寄り海を見る。
やはり一発打つごとに、十秒ほどの空白の時間がある。
あそこに、ライフル撃ち込んでやりたい、と考えているうちに、大型のトラックのエンジン音が山で反響し聞こえてくる。
一キロほど先のカーブから大型の輸送トラックが顔を出す。
冷那のもとに来たトラックは五台で全てに、灰色に塗られたリッターが仰向けの状態で積まれている。
「冷那さん。もう他の小隊は出てますよ。早く乗ってください。」
スピーカーを使ってリッターのコックピットから、金平は話す。
冷那は最後まで聞かずに輸送トラックの一メートルほどの高さの荷台に飛び乗り、大きな腕を飛び越え、リッターの胸部にある、上下 に開く扉の奥にあるコックピットに、背中から入る。
硬いコックピットの椅子にもたれ掛かると、扉が閉まる。
今日本で使用されているリッターは頭部のカメラからの映像をコックピットで前方と左右の景色は写し出される仕様になっている。
左右にある操縦レバーを握り締め、音声入力の要領で叫んだ。
「CHR01号機、機動。」
キュインと音を鳴らして機体のエンジンが始動し、正面にいくつもあるモニターを見てシステムを確認する。
「システムオールグリーン。荷台九十度で固定。機体固定用アーム解除。」
輸送トラックの荷台が九十度に起き上がり、リッターの肩を固定してあるアームが開き高速道路のアスファルトにズシン、と立つ。
高速道路に他の四機も同じように立つ。
コックピットの右前に金平のムキムキの日本人顔が写し出される。
「冷那さん。戦況は最悪っすよ。」
それに続き、他三人のメンバーも横並びに写される。
金平の右となりのは雪のように白い髪に深い緑の瞳の美少女の、樫原 紗香、普段はおとなしく温厚な女の子だ。
そのとなりの男にしては長めの金髪で目が細い青年は、長崎 佑真、自他ともに認めるオタクでロボットが好きだからこの学校に入ったらしい。
更にその隣の、黒髪のロングヘアーの美少女は、立川 綾香彼女は見た目は、文学少女だが心は体育会系である。
金平の戦況報告に紗香は付け加える。
「冷那さん。‥‥他の第一防衛部隊‥壊滅。」
「敵はまだ上陸してないっすよね。なんすか、全員船の上の敵に殺られたんすか。」
「戦闘データ‥‥見たとこ‥‥グレネードで‥‥一撃。」
聞いたとたんに、冷那はCHR01専用の、サブマシンガンに近い形の銃を海の方向に向けて、一発撃つ。
砲撃音に近い射撃音を鳴らし、飛んでいく八八ミリ弾は百メートルほどの地点で爆発する。
更に続けて二発放つと今度はさっきの爆発の半分距離で倍の規模の爆発をする。
「冷那さん、いったい何やたんすか。」
金平が驚いた様子で聞いてくる。
「グレネードの信管を撃ち抜いた。」
「相変わらずパネェーすね。射撃上手すぎますよ。アニメで美人上官になれますよ。」
笑いながら佑真は語りかける。
基本佑真の言うことはみんな無視をする。
「早くしないと次が来る。樫原さん、アレ、持ってきてるはね。」
「了解‥‥です。‥‥冷那‥‥さん。」
と言って紗香のリッター、CHR04はトラックに積んである一二〇ミリ狙撃用ライフルを取り出し、右膝を立て、左足を地面に当てる。
ライフルについているスコープをリッターの頭部カメラ越しにコックピットで見る紗香は引き金に指をかける。
リッターには自動で弾を当ててくれるシステムなどなく、全てパイロットの技量で決まる。
「敵リッター‥‥照準‥‥完了‥‥ファイア。」
CHR04の人差し指が引かれる。
ライフルの四角いマズルから放たれた弾丸は秒速三千四百キロの速さで飛んでいく。
紗香以外は瞬きをせずに甲板上のリッターをみる。
放たれた弾丸は三秒ほどで船の甲板上で爆発を起こす。
甲板の緑色のリッターは、一機が胸部のコックピットをうち向かれ深紅の液体を流してサブマシンガン型に取り付けられたグレネードランチャーに引き金に指をかけながら仰向けで倒れる。
他の二機は慌てた様子で再装填した、グレネードを放つ。
孤を描き飛んでくるグレネードを冷那は再び撃ち、爆発させる。
「何てこった。また撃ち落とされた。どうしますかボス。」
「船の主砲でどうするもないだろ。何とかしろ。」
敵のリッター部隊は慌てる。
CHR04は一二〇ミリ狙撃用ライフルの装填レバーを引き薬莢を排出し、弾丸を装填する。
「チェックメイト。」
紗香は引き金を引く。
二発の弾丸は片方の緑色のリッターの頭部を吹き飛ばし、その後方にいたリッターのコックピットに穴を開ける。
その時綾香が広域通信を拾う。
「冷那さん。本部からの命令です。第一防衛ラインから撤退。第二防衛ラインまで撤退せよだって。」
「じゃあ、みんな後退しよっか。トラックはここに置いときましょう。」
了解、と全員がこたえる。
リッターには、飛行はできないが推進装置、スラスターを使うことで、移動速度は上がるが、姿勢制御を搭乗者がする必要があるので、使える人は少ない‥‥が、トップクラスのこの部隊は全員が使える。
高速道路から、国道に飛び降り、進み始める。
スラスターから排出される、水素は青く燃え、時速六十キロの速さで進む。
一時間ほど進み、第二防衛ラインにつくと、リッター部隊の男が接触してきた。
「こちら、第二防衛ラインA3小隊、応答せよ。」
「こちら、RS小隊、第一防衛ラインから後退してきた。敵二機大破、もう一機は中破、こちらの損害はなし。あと、敵の情報を。どうぞ。」
「敵はアメリカを拠点とするテロリスト組織。BSSであります。」
BSS何だっけ。そんなやついたっけ。
冷那たちは頭をフル回転するが、答えは出ない。
しばらく沈黙が続いた。
「A3小隊から、Rs小隊へ。後方の補給基地で補給されたし。」
冷那は了解と言うと、再びスラスターを吹かす。
「隊長、あれが、学生のレベルですか。」
「はぁ、お前知らないのか。あれは第十九中学校のデスバレットだぞ。敵のコックピットを一撃で貫くんだ。見方からも恐れられてるんだぞ。」
隊長と隊員は無駄話が好きらしい。
冷那たちは補給基地につくと、整備倉庫のアームを肩に固定する。
そこには、学校の同級生のスキンヘッド整備士がいた。
彼は、日田 結斗、誰にも拾われなかった整備士、だが腕はそこらの整備士よりも上だ。
結斗は無線越しに話しかけてくる。
「ちょっと、みんな推進材使いすぎっすよ。まぁ、他が大丈夫な分よかったっすけど。」
「それはいいから、早く補給して、じゃないと捨てるわよ。」
「冷那ちゃん、それは酷いんじゃないかしら。私は彼、気に入ってるのに。」
「整備さえ‥‥してくれれば‥‥誰でも‥‥いい。」
「女性陣ひどいっすよ。男性陣は、カバーしてくれますよね。」
‥‥‥金平と長崎はなにも喋らなかった。
「おふざけは止めてちょうだい。それと、コンバットナイフ四本と四十ミリ拳銃のマガジン追加十五ぐらい。」
「そんなに近接しますかね。」
「いつもの冷那さんなら、やりますね。余裕で。」
「そうだな。いつもの冷那さんなら、な。」
雑談をするうちに、整備が終わった。
「Rs小隊、出撃。」
全長18メートルの機体が整備倉庫を歩いて出ていく姿を結斗は、微笑みながら、見送った。
その頃、敵は上陸し、第二防衛ラインから、2キロほど離れた山の麓にいた。
敵の総数は五十機で、グレネードランチャーを装備していた。
第二防衛ラインはグレネードランチャーを一斉に撃ちこまれ、半壊滅状態だった。
「ひどい状況ね。」
「どうしますか‥‥冷那‥‥さん。」
「各機、散開して各個撃破。」
「了解。」
冷那は命令を出すと真っ先に突こんでいった。
大きめのビルが立ち並ぶビル街の正面に二機の緑色をした敵リッターを見つけると、スラスター全開で突っ込み前進しながら、グレネードランチャーを撃つ敵のコックピットに向け、サブマシンガン型の銃のマガジンの中の五十発の弾丸を空薬莢と共に全てばらまく。
まっすぐ飛んでいく弾丸は前方の二機はコックピット周辺に数穴を作り後ろに倒れる。
冷那はその二機を気にせず次の敵を探す。
スラスターを止め、リッターの足を交互に動かし、走る。
その間にもサブマシンガン型のマガジンを交換する。
通常、五十発のマガジンを四十本ほど持つが、冷那は接近戦をするので、拳銃のマガジンを通常より、多く持つ。
大きなビル街の角を曲がると、百メートル先の緑の人型兵器があった。
待ち伏せをされた。まずい、殺られる。
不幸が頭をよぎるが、CHR01は止まらなかった。
緑のリッター三機が、一発ずつグレネードを撃つ。
右のサブマシンガン型の銃を飛んでくるグレネード投げつけ、左太もものホルスターから、四十ミリ拳銃を抜くと五発続けて撃つ。
三発のうち、一発のグレネードはサブマシンガンと共に大爆発をおこし、残りの二発のグレネードは、四十ミリの弾丸が信管を貫いた。
そして放たれた五発のうち、残りの三発は、敵リッターのコックピットを確実に貫き、操縦者という心臓を失ったリッターは、前後に倒れる。
冷那は緑のリッターが倒れたことを確認して、機体の状態を正面下のモニターで確認する。
機体のシルエットがあり、脚部の腰から下は深紅に点滅している。
その他の部位は薄い緑色に染まる。
足回りはもうだめだ。どうする。‥‥‥撤退か。
「CHR01からRs小隊全機。私、補給してくるから戦線の維持よろしく。」
「了解っす。」
冷那はスラスターを吹かして補給基地に戻る。
冷那が、補給に戻ってから四人は集合する。
「お疲れっす。皆さん。何機殺りましたか。僕は三機ほど殺りましたよ。」
「私‥‥十一機‥‥落とした。」
「俺は、五機ほどだぜ。」
「私は、九機落としたわよ。」
少し、談笑していると、緑の円の広域レーダーに反応があった。
「みん‥な‥‥敵‥‥来てる。」
「スゲー早いっすね。なんか飛行してんじゃないっすか。」
Rs隊の四人は頭部カメラで飛んでくる機体を捉えた。
黒ベースのフレームに赤い筋の入った期待は背中にジェットエンジンと開閉式の羽を背負い飛んでくる。
黒い機体は羽の角度を変えて高度を急激に下げる。
Rs隊四機が集まる近くに仁王立ちの状態で黒い機体は垂直に降りてくる。
黒い機体は四機に通信をつなぐ。
「俺は、BSSの幹部の一人。氷川 春彦だ。貴様ら、死にたくなければ投降しろ。命はだけは助けてやるぞ。」
四機は気にせずに銃を黒い機体に向け一斉に放つ。
放たれた弾丸は黒い機体を捉え、まっすぐ飛んでいく。
しかし黒い機体は腰にある剣を抜き、上空に飛び上がる。
四機の弾丸は後方のビルに当たり、土煙をたて、地滑りのような音を立て倒壊する。
土煙に紛れ黒い機体は紗香のCHR04に急接近し、斜めしたから切り上げる。
右脇腹の装甲凹ませ、CHR04は後方に飛ばされスラスターからビルにぶつかり、機体内部に衝撃伝わり、紗香は気を失う。
「だから言っただろう。おとなしく投降しろってな。」
「一撃即死かよ。死んでないけど。」
「これは、燃えますね。」
「紗香ちゃん、大丈夫なの。返事してよ。」
紗香からの返答はなかった。
「お前ら紗香の敵をとるぞ。」
金平がリーダシップを発揮する。
了解と残りの三人もつづく。
だが、一斉に引き金に指をかけるが黒い機体の横切りで凪ぎ払われる。
金平のCHR02は衝撃により動力がとまり、結斗のCHR03は機体ごと強打し、佑真が気を失い、綾香のCHR05はコックピットの損傷が酷く綾香は重傷で動けなくなった。
絶体絶命のピンチを迎えた、Rs小隊はただ冷那の補給を待つ。
一撃即死の剣を持つ敵には、一撃即死の弾丸を。
つづく