電車で
男はまだ青い頃、自分を神様だと思っていた。多くの恵まれた人間と同様に。
しかし、歳をとると、人は誰しも自らその思想の傲慢さに気づき、赤面する。それは彼も例外ではなかった。
そんな峠をずいぶん前に通り過ぎてから、ある時、若者は脂ぎった中年の男と出会った。
ややくたびれたポロシャツを来た冴えない男だ。
電車で話しかけられたのだ。その時車両はガラガラだった。
人が二人しかいなければ、非常識な人間も、一般人と対等になる。
その男は周りにいくらでも席があるにも関わらず、その若者の隣にすわり、そして話しかけてきた。
最近の天気の話だとか、これから何しにどこへ行くだとか、そういう世間話だ。
不意に、その男は実は自分は神様なんだと言いだした。
真面目な顔で言うものだから若者が反応に困ってしまった。すると、証拠を見せようと言って握っていたペンを放った。放られたペンは空中でぴたりと静止した。青年が触って引っ張ってみるがうんともすんともいわない。どうだ、信じたか、と中年が尋ねてくるが、しかしどうだろう。そんなことで神様である証明になるかしら、彼は対して信用しなかった。
何も言わずにいると、そうだ、こんなのはどうだ、と男は言って立ち上がり、窓を開けた。そして外に叫ぶ。
「おおい、ちょっとこっちに来てくれ」
すると、鳩が2羽、飛んで来て、窓から車内に入った。
鳩はよたよたと車内を歩き回る。
「どうだ、なかなかすごいだろう」男が言う。
若者は少し驚いたが、彼が神様だということにはやはり首肯できなかった。
その様子を見て、男は「まだ信じられないのか、いったい何を見せたら信じるんだ。」と尋ねた。「そんなこと神様なら知っているはずじゃあないか。」と若者が返すと、「俺は別に万能神ってわけじゃあない、出来ないこともあるし、知らないこともあるんだ。」と男は言った。
なんだ、それじゃあ、俺と一緒じゃあないか、と若者は思った。